四公六民。北条早雲の勇気とは?

北条早雲  最初の戦国大名とされる人物。室町時代後半、単身で全く地盤のない相模国、伊豆国において民衆の力を背景に支配を広げ、後北条氏5代の繁栄の元を築いた。応仁の乱で世が乱れ、民衆が悪政に苦しめられていたのを見続けてきた早雲は、たった一人で民衆を守り産業を育む領国を創り上げることに成功した。六公四民(年貢は収益の6割)が多い当時において、検地を初めて実施して四公六民(6割が民の取り分)や徳... (続きを読む)


ええじゃないかの話

ええじゃないか 「天からお札が降ってくるぞ。これは良い事の前触れに違いない」という話が 明治維新直前の幕末動乱期に広まった。仮装した庶民たちは口々に「ええじゃないか」という言葉を歌い、地域を越え大規模な範囲で仕事もストップして熱烈に踊った。この騒動を「ええじゃないか」と呼ぶ。発祥の地や目的などについては諸説あるが、数か月間にわたり続き、近畿、四国から中部地方までの広い地域で続いたと言われる... (続きを読む)


劉邦の「法三章」【軽減税率の失敗】

劉邦の「法三章」  漢の国を創設した劉邦(項羽と天下を争った相手)が秦を破った際に制定した全部で3か条だけの法。その内容は「人を殺した者を死刑とする」「人を傷つけた者を罰する」「何かを盗んだ者を罰する」というわずか3か条のみだった。それまでは、秦の始皇帝が大変複雑で厳しい法で民を支配していたため、劉邦はこの法三章によって当時の民衆の絶大な支持を得ることになった。*(漢が天下を取った後は「九... (続きを読む)


項羽の失敗【公平な指導とは?】

項羽  漢の国を創設した劉邦と天下を争って敗れた楚の武将。始皇帝で有名な秦を滅ぼすための軍を率いて大きな勢力を作り西楚の覇王を名乗った。軍事的には圧倒的に有利であったにもかかわらず、最終的には劉邦の漢に敗れてしまう。最期の時に述べられた「四面楚歌」の言葉は、現在も周囲が敵ばかりで助けがないことを表す言葉として使われている。  対照的な項羽と劉邦 項羽は名門の出身で、ただ武勇に優... (続きを読む)


アフリカからの旅【適者生存】

 現在、アフリカと日本を結ぶ直行便に乗るとエチオピアからおよそ15時間程度で日本に到着することができます。 航空機の発達により世界のどこでも便利に移動できる時代になりました。  人類の発祥の地はアフリカと言われています。遠い昔アフリカで生活をしていた人類が世界各地に散らばり、4~5万年前に私たちの住む東アジアにやってきたとされています。  人類の発祥時期については、これ... (続きを読む)


適塾と大村益次郎(今でも望めば何にでもなれるのか?)

適塾  蘭学者で医者の緒方洪庵が江戸時代後半に開いた蘭学塾。 大村益次郎(村田蔵六) 幕末の長州征伐や戊辰戦争で、討幕軍側の重要な戦略をほとんど企画した天才的軍略家。討幕軍の勝利にとっては欠くことができない人物であったと言われる。そして、日本に初めての近代的な軍隊(国民皆兵制度による軍隊)を創設した。これにより明治維新という内外の危機的な状況において、欧米列強から日本が侵略されるのを回避す... (続きを読む)


「解体新書」とポケモンGO

「解体新書」   江戸時代中期、ドイツの医学書をオランダ語に訳した解剖学の書物「ターヘル・アナトミア」を、前野良沢、杉田玄白らが翻訳して出版した書物。それまでは西洋の出版物を翻訳した書物はなく、本格的な翻訳書の作成は日本で初めてのチャレンジであった。辞書もない中、本当に手探りで一語ずつ暗号解読のようにして解読が行われたとされる。  わが国で初めて人体の構造を明らかにした翻訳書「解体新... (続きを読む)


五公五民(現代の既得権益の話)

五公五民  意味 江戸時代の年貢を納める率について農民の取り分と農民が納める年貢とが5:5の割合であったことをいう。江戸初期は四公六民であったが、八代将軍徳川吉宗の享保年間の頃から五公五民となったといわれる。  歴史の勉強をすると、五公五民という言葉が出てきて、「半分も持っていかれるのか。ひどいな」と感じます。それに比べて現在は…。あれ?  日本では最近税負担はかなり大きくな... (続きを読む)