【情報リテラシー】間違いではないが「総合すると『嘘』になる情報」にご注意

情報には「正しい・誤り」の他に「偏った情報」というものがある

  情報を活用する能力としての情報リテラシーについては

最近では学校でも学習をするようになってきていて、これに対する意識も高まってきていますが、

 では実際に世の中の人々が、情報リテラシーを現実に駆使して

自分に対する情報による危害や障害を避けることができているかというと、それは疑問が残ります。

 相変わらずネットを利用した詐欺の被害に陥る人は後を絶たず

またメディアというものが、近年大きくその姿を変えてきていることにも

多くの人は無関心であるように思われます。

 さらに新たな媒体であるSNSやWEB上の情報アイテムにおいても

偏りのある情報について、チェックをすることなくそのまま情報を受け入れることで

正確な情報を得ることができていない人が多いのが、現実ではないかと思います。

 そして最近では問題の焦点が

情報が「正しいか誤っているか」ではなく、「偏りがある情報かどうか」であることだということが、

一つのポイントのような気がします。

間違いではないが「総合すると『嘘』になる情報」

 最近とにかく、メディアなどから発せられる情報は

「切り取り」や「報道しない自由」によって、情報としての一番重要な部分をずらしたり

敢えてメディアの主張を裏付けない反対情報を報道しないことで

「間違い」を伝えているわけではないが、総合すると「嘘」になる、そんな情報が増えています。

 「いや、事実は事実だから、間違いを伝えてなければ問題ないのでは?」と言う人は

「情報」伝達の恐ろしさについて知らない人だと思います。

誤りを伝えていれば、割と気づくこともできますが、そうでないこういう偏った情報伝達を巧妙に行えば、人を騙すことなどいくらでもできてしまいます。

本当の危険を知らせない戦略

 歴史上、敵をかく乱するために敵の内部に潜入して

本当の危険を伝えないという戦略は、きわめて初歩的な戦法として用いられてきました。

我が国の戦後教育では、軍隊というものがなくなったため

いわゆる対外的な戦略というものについては、一般的な政治戦略や経済戦略というものはあっても

外国からの侵害に対する防衛戦略や情報戦略などは、学校では全く教育されなくなってしまいました。

 そのため、国民の多くは「そういったことはすべて国がやってくれている」

だから自分たちは「そんな怖いことには触れず平和を大切にしていこう」という

考え方をするようになってきたように思います。

 もちろんこういう平和教育に問題があるわけではありませんが

私たちは危機意識というものを持たずに来た結果、個々人としても国としても

悪意のある者からの侵害に対しては、きわめて無防備になってしまっているのです。

 歴史上登場する「スパイの跋扈する外交と戦争の社会」にもし現在の日本がいたならば

間違いなく「ねぎを背負っているカモ」だったのは間違いがありません。

幸い敗戦により、アメリカの庇護の下平和に経済活動を行ってきたという経緯によって

そのような危険から逃れてきたということも言えるかもしれません。

何せスパイ防止法すらない国なのですから。

あなたは本当の危険に気づいていますか?

 メディアというものは、国家とは異なる一民間企業です。

企業利益を守る義務はあっても、

国民の生活や安全を守る義務は、自分が法令を遵守している限り基本的にはありません。

 もちろんコンプライアンスの精神をしっかり守って活動している方はたくさん見えると思うので、一律に言えることではありませんが

あくまで基本的なスタンスはそういうことです。

 企業に最も利益を与え企業を守ってくれる存在と視聴者をはかりにかけたときに

視聴者を守って正義の味方になってくれるかどうかは、一度考えてみなくてはいけません。

 もしメディアが自分たちにとっての正義の味方になってくれないことに怒りを感じる人は

人々が、その勤める会社の利益を捨てて、一般的な理想だけで顧客の利益を必ず優先するかどうか、

あるいは

経営者が、自分の会社が倒産しそうなのに、親会社の意向に反して顧客の利益を必ず優先できるかどうかについて

考えてみるべきかもしれません。

 だからメディアを責めても、実は問題は解決しないかもしれないのです。

だとすれば、どうすればよいのでしょうか?

それは

「私たち自身が賢くなる」ということに尽きるのではないでしょうか。

メディアやSNSが偏った情報を流しても

「メディアやSNSはそういうもの」という前提のもとに、自分自身で正しい情報は何かを調べて考えるべきです。

これまでが、あまりにも安全過ぎたのかも知れません。

メディアの利益と国民の利益というものが目指すところが、これまでは概ね同じだったのでしょう。

 しかし、詳しい事情は、私などにはわかりようもありませんが、何か違いが生じてきたのは明らかです。

 だから、これまでのように「他人任せ」で情報をうのみにしていることが

実に危険な社会になっているのだと思います。

 どうかそのことに、一刻も早く気づいて

「自分自身の頭で情報について考える」ということを今すぐにでも始めることをお勧めします。

 


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