ケンタッキー・フライド・チキンを創った男
カーネル・サンダースは、おそらく世界で最も知られている名前のうちの1つであると思われます。
皆さんもケンタッキー・フライド・チキンの入り口に立っている「カーネルおじさん」の人形で有名な人物として彼を知っているのではないでしょうか。
本名はハーランド・デーヴィッド・サンダースと言い、アメリカのインディアナ州出身の実業家です。
彼は家庭の事情で10歳の時から働き始め、14歳で学校も辞めてしまい、その後軍隊に入隊するも1年で除隊、そして40種以上の職を転々とします。
30代後半にガソリンスタンドの経営を始めますが、なかなか経営が思わしくなく、世界恐慌であえなく倒産してしまいます。
けれども、これまでのお客様本位の仕事ぶりを買われて、シェル石油から別の町でのガソリンスタンドの経営を持ちかけられ再起します。
その後今度は、スタンドの一角を利用した「サンダースカフェ」を始めますが、これが繁盛して次第に規模を拡大。
ケンタッキー州の知事から「州の料理への貢献」が評価され「ケンタッキー・カーネル」の名誉称号をもらうことになります。彼が45歳の時のことです。
ようやく彼にも春が訪れようとしていました。
本名よりも「カーネル・サンダース」という名で呼ばれるようになったのは、この称号に由来します。
このようなこともあり店の規模はさらに拡大しましたが、今度は店が火災に遭い全焼してしまいます。
本当に波乱万丈の人生ですね。
その後再度の業績不振により彼は「サンダースカフェ」を売却することになりますが、
驚くべきことは、これだけいろいろなことがあっても、彼が挫けることなく再度立ち上がったということです。
65歳からの再出発
彼はフライドチキンの独自のレシピを考案していましたが、それまでは自分の店でそれを作って売っていました。
ところがある時カフェに客として来たレストラン経営者が「自分の店でもこれを売れたらいいのに」と言ったことから、彼のレシピによるフライドチキンを他の人の店で売るという事を発案します。
そして代理店でフライドチキンが1ピース売れるごと5セントをもらうというフランチャイズ事業を考案するのです。
ただそれを広めるのは大変な努力でした。
彼は店舗で販売をすることを断念し、今度はアメリカ中を車で回り取引先を獲得するための飛び込み営業を始めます。
この時、カーネルサンダースの年齢は何と65歳。
65歳からの裸一貫の再出発でした。
フライドチキンの調理の実演をしたりして営業活動をしますが、当然どこに行ってもなかなか契約は取れません。
結局彼は、1000店を超える店を営業で回り、そこで1000回以上の拒絶を受けることになったという話もありますが
今の日本でさえ65歳と言えば会社員なら定年の年齢、そこからの飛び込み営業など、いくら時代が時代でもよほど大変だったのに違いありません。
しかし彼には、長い年月で培われたバイタリティーとともに
何よりもお客様のことを考えて創り出した、そのフライドチキンの優れたレシピがありました。
良いものには、いずれお客さんがやってくるものです。
73歳の時には600店のフランチャイジー(契約相手)を得るまでになります。
その後彼の創ったケンタッキー・フライド・チキンのレシピが世界中の人たちに愛され
そしてKFC(ケンタッキー・フライド・チキン)が世界規模の大企業になったことは
皆さんもよくご存じだと思います。
遅すぎるという事などない
人が成功を収めるのには、努力ももちろんですが
周りの環境や時代、あるいは運というものが大きく影響してくると思います。
だから、一生懸命努力をして誰よりも頑張っているからと言って
必ず経済的な成功を収められるわけではありません。
逆に努力などほとんどなくても、人々のニーズを上手につかむことができたら
短期間で大成功を収めるということもあります。
それがこの世界の厳しいところであり、逆に言えば面白いところなのかも知れません。
人生経験の浅い人の中には、「勝ち組負け組」と言うような言葉を好み、人に対して
「うまく行かなかったのは、努力が足りなかったり工夫がたりなかっただけ」
「自分は誰より努力している」というようなことを平気で言ったりする人もいます。
しかしそれは、正確ではありません。
「努力をしない人は論外」で「努力をするのが当然」だけど
「努力をしている人の中で、たまたま成功できる人がいる」というのが、実際ではないかと思います。
その意味で言えば
カーネルサンダースの人生は、私たちに何か重要なことを示唆してくれているような気がします。
サンダースは幾度も失敗を繰り返しますが
それはサンダースが努力を怠ったのではなく、大恐慌であったり道路の位置が変わったりいろいろな外的要因が重なった場合も多く
その意味では「経営と言うものは難しい」という当たり前の事情によるものだったのだと思います。
65歳になって彼がレシピを売りフランチャイズチェーンで勝負するという新しいアイディアをうまく創り出したことが、彼を大成功に導きますが
もし、そのアイディアがなければ成功はなかったでしょう。
しかし、そのアイディアが「もしかしたら彼が若い当時に最初から発想出来た場合もあり得たか」と言えば、それは疑問です。
彼が様々な失敗をして、人生の辛酸を舐め続けて
そんな中で「自分の人生の集大成ともいうレシピを完成させる」という地道で長い作業がなければ
この大成功へのアイディアは、決して出ることはなかったように思います。
現在の日本は、大恐慌時代以上の経済危機の状況下に置かれています。
およそ経営をしている人は、今後へ向けての不安がなくなる日はしばらくないかも知れません。
しかし幾度の試練を乗り越えて不死鳥のように、しかも65歳という年齢で一から再出発をしたカーネルサンダースの事を考えれば、まだまだ頑張れるに違いありません。
何かを始めるにも、
何かをやり直すにも
あなたが生きている限り
遅すぎるということは決してありません。