【集中している状態とは】「集中=ガリガリ」?いいえ「集中はリラックス」

集中についての誤解

 私たちは「集中して勉強しなさい」よくそんな言葉を言ったりしますが、

「集中というのはどういう状態か」という事を考えることは、実はあまりないかも知れません。

 よく連想するのは

「時間も忘れて」

「周りの声も聞こえず」

「気が付いたらびっくりするほどの問題をすべて解けていた」

というようなシチュエーションかも知れませんが

実際にそんな状況になるということは

なかなかありませんね。

集中した記憶

 皆さんは自分自身の記憶の中で、最も集中できたのはどんな時でしょうか?

人それぞれ、いろんな状況があるかと思います。

「部活で試合をして勝利した時」

「学校で球技大会があって、最後の1点を競い合った時」

「面白いゲームでどんどん突き進んだ時」

思い浮かべれば、集中できた時というのは結構思い出せるものです。

 そして傾向として、子どもの頃の方が集中できた時がよくあったと感じる方が多いかと思います。

 なぜでしょうか?

それは簡単に言うと「邪念がない」からです。

大人になって例えば仕事をやっている時は

確かに集中度は高いのでしょうが、それは能率を上げていく過程で技能を学んだために

取り組みが専一になっているだけで

実は気持ちはそんなに集中していなかったりもします。

 たとえばエクセルで表計算をしている時に

「ああ、腹減ったなあ」と思ったり

「そういえば、あれがまだ済んでなかった」などど考えながら

仕事をしていたりします。

 言ってみれば「邪念だらけ」でも技能が上がれば同時進行で仕事はできてしまったりします。

「心からの集中」と言う感じとはちょっと違います。

集中とはリラックス

 ではどんな時が本当に集中できていたかということを考えると

それは「リラックスしていた」ということが言えると思います。

何かの目標があって

それを達成するために苦悩して、髪を振り乱して邁進する姿は、確かに集中しているように見えますが

乗り越える壁を目の前にしてもがいている状況は、まだ集中し切っているとは言えません。

 純度の高い「集中」というのは

禅の言葉のようになってしまいますが「無心」になっている状態だということになりますから

そのやるべきことに心が傾倒して

ほかに気が回らないような状況だということになります。

 だとすれば

それは「楽しんで」「リラックスして」いなければ、訪れることがないのではないかと思います。

さらに言えば

「楽しくないこと」には集中は無理と言えるのではないかと思います。

 なかなか集中して勉強をしていないお子さんを見て

「集中しなさい」と言っている保護者の方は

一度「どうしたら集中できるようになるのか」

そう言う面から考えて見ることをお勧めします。

勉強は特に長い年月づついていくことですから

「楽しい」という事は実は非常に重要なポイントなのです。

巷で言われる

「勉強はつらいに決まっている。大変な事を乗り越えるのが意味がある」というような

言葉に騙されて勉強を嫌いにしてはいけません。

 

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