【情報リテラシー】名宰相の范増さえ一瞬で失脚させた「間者の流言」偽情報を信じ切るその前にすべき事とは?

名宰相范増

 中国の漢を興した人物は劉邦ですが、彼と天下を二分して争ったのが項羽です。

この二人の人物については、「項羽と劉邦」という物語が描かれ世界中で読まれているストーリーになっていますが、

その項羽には、前半の戦いにおいてはとても優秀な宰相がいました。

その宰相は「范増」と呼ばれる人物です。

 その頃、どちらかというと勇猛さに任せて突き進んでいた項羽の参謀として、楚の軍に参加した范増は、非常に優秀な戦略家であり各所で大いに項羽を助けました。

 項羽は、旗揚げ当時に一緒に行動していた叔父の項梁が亡くなってしまっていたので、自分の父親に近いくらいの感覚を持っていたのか、

范増のことを「亜父(父に次ぐ人)」と呼んで敬愛をしていました。

離間の計

 対する漢軍では、こちらも名宰張良と天才軍略家韓信が劉邦を補佐していましたが、范増の策に何度も痛い目に遭っていて、なかなか楚軍に隙を見いだせないでいました。

 そんな時漢の陳平という策士がある献策をします。

 それは項羽が配下に対して疑い深いのを利用して、項羽と范増の仲を裂いてしまうといういわゆる「離間の計(敵同士を仲たがいさせる策略)」でした。

 彼は間者(スパイ)を楚軍に放ち、「范増たちは、項羽を滅ぼして自分が王になろうとしている」と言いふらして流言を起こさせます。

項羽の使者が敵の劉邦を訪ねた時、

劉邦に「自分は范増の使者だと思って接待しようと思ったのに何だ。項羽の使者だったのか」とわざと不快な顔をしてもらって

最初に準備していた豪華な食事を片付けさせて、粗末な食事を食べさせました。

 使者がこれを項羽に報告をすると、簡単に項羽は騙されて范増に疑いの目を向けます。

范増と敵の劉邦が内通していると思い込んでしまったのです。

流れていた流言ともこの話が符合しているため、疑り深い項羽は范増の権限を次第に奪っていきます。

 こうして項羽のためにすべてを賭け、楚の天下を実現するために数々の貢献を重ねてきた范増も、敵の間者の流言によって簡単にその地位を追われてしまうのです。

 項羽が最終的に漢に敗れてしまった理由の中の大きな要因は、この「范増という名宰相」を失ったことにあると思われますが

それは本当に、客観的な事実として聞けば「なんでそんなに簡単に流言を信じてしまうの?」というような、こんな出来事だけで容易に達成されてしまったのです。

 「情報」まさにおそるべしです。

「流言を信じない」は基本中の基本

 情報リテラシーの基本中の基本として

「安易に情報をうのみにしない」というものがありますが

この話はそれを破ってしまった失敗例として、その最たるものではないかと思います。

 情報をもたらしたのは、「人々の噂」と「一人の使者の報告」だけであり

その二つが符合しただけで、長年の功がある宰相を疑うというのは

根拠としてはかなり薄いと感じます。

 項羽はまず丁寧に、実際の事実かどうかを調査して吟味を行うべきでした。

そしてその際には、まず疑いを捨ててゼロベースで調査をすべきだったのです。

 戦時下では、いや戦時下でなくても

政治の世界において、間者を通して離間を謀ったり、失脚をさせたりする策は当たり前のように使われています。

「情報を疑う」というのは、安全に生きていくために必要な基本姿勢なのです。

項羽はそういう情報戦に敗れたといえるでしょう。

情報の信ぴょう性を疑う

 現代の社会においては、情報は実にたくさんの方面から私たちに流れ込んできます。

私たちは無意識に「たくさんの情報があるから騙されることはないだろう」と思いがちですが

 以前からお伝えしているように、「情報が真実かどうか、信じてよいものかどうか」は、

情報の量の多さとは、あまり関係がないと思います。

現代では「情報源の信頼度」が圧倒的に重要です。

信頼の高い情報源からの情報が1つで、信頼の低い情報源からの情報が100あったとした場合には、

99の情報を捨てても、1つだけの正しい情報を選ばなくてはなりません。

 そして「情報源の信頼度」は、「過去に偽の情報を流したことがあるかどうか」とその「悪質さの度合い」によって容易に判別できます。

一度でも外部からの影響によって「偽の情報」を流していて、それが受け手の利益の犠牲の上に外部者の利益を図っていたようなものであれば

二度とそのような媒体を永久に信じるべきではないのです。

 そしてこのことは

その媒体が、たとえ百万人に情報を毎日伝達するマスメディアであって当てはまります。

いやむしろ多くの人に影響するからこそ、危険度は高いといえます。

「まさかテレビが嘘は言わないだろう」

「まさか偉い学者が間違いは言わないだろう」

でもその信頼の根拠は、本当に今もあるのですか?

落ち着いてよく考えてみなくてはいけないのではないでしょうか。

一度でも疑って別媒体をよく調べたことはありますか?

過去に偽りの情報が流れたことはありませんでしたか?

 項羽はこう思ったはずです。

「まさか大量の民がみんな嘘を話していたりしないだろう」

「まさか敵の劉邦がわざと芝居をしたりしないだろう」

よく調べもしないで…。

そして彼は最終的に追い込まれました。

そんな事態に私たちは陥ってはダメです。


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