【情報リテラシー】「オオカミ少年」が嘘をやめるのは、人々がむやみに恐れるのをやめた時

 嘘がまた新たな嘘を生む

 私たちは日々色々な情報に触れて生活をしています。

中には私たちの安全に関わる情報もあり、

現代では、たくさんの情報の中から正しい情報を選ぶという事がきわめて重要になっています。

 というのは、「情報化社会」という事が言われて既に久しいですが

それと反比例するかのように、偽の情報や誤った情報の流通する度合いが

残念ながら、年々増えてきているように思われるからです。

 このような誤った情報を流す発信者の意図は様々ですので、一概には言えませんが

少なくとも、発信者側の利益を図るために偽の情報を流したり

紛らわしくて勘違いするような情報を、故意に発信しているであろうことは確かです。

 そして、そういう嘘の情報については、それが暴露されないようにするために、更に嘘の情報を重ねて流すという負の循環的な行動が行われる傾向がかなりあります。

そういう、いわば誤りだらけの情報も、 情報が日々多く流されたり、

あるいは権威のある誰かが発表したりするだけで

一般の受け手は、その前提がそもそも偽の情報であることに気づくことができません。

 もし仮に気づくことができたとして、たとえばネット上のオンラインで真実を拡散しようとしても

残念ながら、まだその浸透力は依然弱いものであるように思えます。

「今日も勝ち、連戦連勝」

 第二次大戦時に、我が国の敗戦色が濃厚になった頃

新聞では、連日実際の戦況とは異なり「連戦連勝」の内容を報道し続けたと言われています。

これなどは、嘘が嘘を生み引き返せなくなった例だと思います。

 情報源が他にない当時の国民は、信じる以外に術はありませんでした。

報道機関と国家が同じことを発表している時に、それに疑いを持てるほうが、むしろ不思議です。

 このことを聞くと、「昔は情報がなくて怖かったな」と思われるかも知れません。

 しかし現代では昔と違い、本当に正しい情報が、すべてあなたの手元に流れてきていると言えるでしょうか。

あなたは、嘘の情報をつかまされていないと言い切れるでしょうか?

 以前もお伝えしましたが、公正な情報だと思っていたものが

「情報」を仮装した発信者の「意見」であることも多いのです。

さらに最近では、本来プラットフォームの役割を果たすはずのSNSでも

特定の意見に関して制限が開始されているようです。

しかし形式上は民間企業のため「検閲」とはされず、制限は正当なものと扱われています。

そろそろネット上においても、「言論の自由市場」という夢が潰えてしまいそうな雰囲気になってきています。

 インターネットの発達で、「今やあらゆる意見を受け取ることができる」というのは

実際には、私たちが抱いているただの幻想に過ぎないのかも知れません。

オオカミ少年は人々が信じている間は嘘を伝える

 イソップ寓話の中でも有名な「オオカミ少年(嘘をつく子供)」の話では

少年は、退屈しのぎに「オオカミが来る」という嘘をつき続けたというストーリーが展開されますが

 人々が心配しているオオカミの襲来について

少年が大きな声で繰り返し告知を重ねれば、当然怖がる人は出てきます。

 そして逆に言えば、人々が彼の言葉を、「恐ろしいもの」として信じ続けている間は、

彼は嘘を言い続けることになります。

 もしも人々が、何か別の情報源を持っていたり

持っていなくても、あるいは色々な経験や人々の知恵に基づいて

「オオカミはそんなに簡単にやって来ない」

「来たとしても、実際に人が死ぬことなど稀である」

「こうすればオオカミが来たとしても対策ができるし準備もある」

というような正しい思考をすることができれば

少年が、いかにでたらめを延々と伝えようとしても

早期の段階でその嘘は通じなくなってしまうことでしょう。

 私たちが避けなくてはいけないことは「情報」をよく吟味せず、調べもせず、考えもせずに受け取ってしまうという姿勢なのかも知れません。

必要とされる情報の選別

 太古以来これまでほとんどの人は、情報を無条件に受け取る側に置かれてきました。

インターネットの出現で、ようやく複数の情報を得られる時代がやってきましたが

今や、また後戻りを始めそうな流れになってきています。

 そして誤った情報は、私たちが知らないだけで大昔からずっと大量に流されていて

私たちは、それを当然の事と思い込まされてきたのかも知れません。

 でも幸いにも、少なくとも「流れてくる情報が正しいとは限らない」という経験を

私たちはインターネットのおかげで身をもって知ることができました。

だとすれば、今後どのような未来が来るかはわかりませんが

様々な知恵と経験と、できれば別の情報を併せて使って「情報」の正しさを、自分自身で1つずつ考えていくということが、

一番重要になるのではないかと思います。

 誰かの意見を受け身で聞いているだけでは、今の時代では、簡単に情報操作に乗ってしまう事があります。

その誰かが「オオカミ少年」でないとは限らないからです。

 だから、自分なりにエビデンスを探して、確実だと思えない間は、安易に信じ込まない事です。

「情報の選別」ということが、正しい思考をするためには重要となるでしょう。

そしてその場合の基準は

「同じ情報がたくさんある」とか

「ニュースだから」とか

「権威のある人が言っているから」とか

いった基準ではなく

自分自身の頭で、集めたエビデンスから考えた結果で選別をすべきなのです。

そういう「情報について一度自分の頭で考える」ということが

これからは大変重要になってくると思います。

 今後も皆さんのお役に立つ情報をアップしていきます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA