【総称用法】「I love cat じゃダメですか?」知っておきたい冠詞と複数形の微妙なルールとは?

冠詞

英語を学習する時に一番皆がわからなくなるのが冠詞と言われています。

冠詞とは英語を始めとする欧米の言語において、普通名詞の前に置き意味に限定を加える言葉です。具体的には 英語では不定冠詞 a (an) や 冠詞theを指します。

 この冠詞と言うもの、つける場合と不要な場合のルールがあまりにたくさんある(ように見える)ため、ある程度英語が得意でありながら、慣れない生徒が英作文をする際にミスで減点されるのは、ほとんどが冠詞がらみの間違いです。

たとえば楽器を弾く場合には

I play the guitar.(私はギターを弾く)でtheが登場するのに

スポーツなら

I play tennis. (私はテニスをする)で冠詞がつきません。

 理由はもちろんあるのですが、まあ我々からすれば

「そうだからそう」と言ったような決まりを無理やり覚えなくてはいけない感じにはなっています。

だから英語の初学者のテキストやテストでは

冠詞のことは教えつつも、それを正面から聞くようなテストはできるだけ控えた形で作られていると思います。

でも時には英作文を最初からガンガンさせようとする先生がたまにいて

そういう先生に当たると、まだ英語のさわりの部分なのに

a か the か、あるいは冠詞をつけないか、またはsome やany がついてくるのかなどの細かいところに気が行ってしまい英語が嫌いになるという仕組みが見られたりします。

 先生によっては冠詞の間違いは減点幅を少なくするか、あるいは説明は示しつつ減点しないという人もいて、私もそちら側の一人です。

最初から難しさを示すことで学ぶ楽しみから道を外させたくはありません。

ネコが好き

英語で「ネコが大好き」と表現する場合には

I love cats. とするのが通例です。

この場合のcat にsがついて複数形になっているのは、名詞についてそれが何かの総称を表す場合(総称用法)のやり方の一つで

無冠詞+複数形で「ネコというもの」全般を表します。

この総称表現には 冠詞(不定冠詞)a+単数形 の形や 冠詞(定冠詞)the +複数形の場合もありますが、今回は触れません。

 私たち日本語を話す民族からすると

「単にネコって言えば(I love cat .)いいのに」とつい思ってしまいますが

英語にはこういう細かいルールがあるのです。

言語の文化的背景

 英語を始めとする欧米の言語は、このように冠詞や複数形を多用します。

たとえば「ネコ」一つとっても

I love the cat.  私はそのネコが大好き。

I love cats. 私はネコ(というもの)が大好き。*これが総称用法

Some cats love her. 何匹かのネコは彼女が大好き。

There are no cats. ネコは一匹もいない。 *慣用表現でThere is no cats.もあります。

A cat runs fast. 一匹のネコが速く走る。 

     *総称用法と考えて ネコと言うものは早く走る とも訳せます。

The cat is on the desk.  そのネコは机の上にいる。

と言った具合にいろいろな表現を使います。

 ただ単にバリエーションが多いだけでなく慣用表現などもあり、なかなか大変です。

でも日本語なら全部「ネコ」で話は終わりです。

この違いは、日本語が言葉だけで完全に事実を表現しきれなくても大丈夫(場面依存的)なのに対して

英米系の言語は事実をそのまま言葉で表現し切るようになっている(言語依存的)ためと言われています。

 日本語の場合には「ネコ」が「そのネコ」なのか「ネコ全部」なのか「一匹のネコ」なのか「何匹ものネコ」なのかは言葉だけでわからなくても良いのです。

それは他の文脈からわかる場合もあれば、その実際の場面で事実が分かりさえすれば良いという考え方が背景にあります。

 ここからは私の考えですが

おそらく英米言語圏では島国の日本と異なり「食うか食われるか」という感じの領土争いや統治者が誰になるのかという激烈な争いが長くあったため

お互いのことを「あうん」の呼吸で分かり合える素地がなかったのだと思います。

だからこそ何事も契約で文書にしておく契約社会ができたのですが

言葉の場合も同じで、すべての状況をできうる限り言葉に盛り込んでおかないと、簡単に誤解されて大変な目に合う危険があったから、このような言語依存的な語法が発達したのではないかと思います。

 日本語が古典などを見ても、あるいは日常生活においても「主語」をほとんど使わない特異な言語であることから見ても、英米圏の言語とは明らかに異なったタイプの言語であることは明らかですが

そういう違いと同様に、日本語とは異なる英語のこういう傾向は言語文化的な違いから来ていると考えるのが一番真実に近いのではないかと思います。

 とするならば難しくて複雑に感じるのは当然のこと

冠詞の事や複数形の事は少しずつ分かって行けば十分な気がしています。

今後も皆さんのお役に立つ情報をアップしていきます。

 


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