【専門用語】なぜ違う意味に?わかりますか?「けだし名言」の意味。

法律家に特有の言葉づかい

 私が以前長く司法試験を受験していたことは何回か記事にしました。

そして私は合格しませんでしたが、長男は合格して今弁護士をやっています。

親子二代で法律の論文 ーと言っても私は試験で論文を書いていただけですがー に日常的に触れてきて、前から不思議に思っていたことがあります。

 それは「なぜ世間と違う言葉を使うことが多いのだろうか?」という疑問です。

有名な所では「遺言」の読み方があります。

世間では普通は「遺言」を「ゆいごん」と読みますが、法律家の人は「遺言」は「いごん」と読みます。

 法律家と言うより、法学部に入るとまずこの辺りを勉強します。

最初は「専門家っぽくてかっこいい」と思っていましたが、今は「わざわざ難しそうに見せているかも」と感じたりしています。

 私の知っている法律家の人でも、優秀で能力のある人ほど、この「いごん」と言う言葉を素人の前では使わないように思います。

逆にこういう読み方を依頼者の前でいつも多用する人には用心が必要かもしれません。

依頼者にわからないような言葉で話をして依頼者と良い信頼関係が築けるとも思えないからです。

 法律家は人々に良い法的サービスを提供する職業です。

 ひと昔前の弁護士については私も大変よく知っていますが、どちらかというと殿様商売的な感覚で「私が解決してやる」というような人もいたように思います。

しかし、司法制度改革以来弁護士が多くなり過当競争が始まってからは、他人に良好なサービスを提供するという意識のない弁護士は淘汰される時代になっています。

 依頼者が来た時に「あの~、相続の事で、こんなゆいごんしょが出てきたのですが?」

「ああ、いごんしょね。ちょっと見せて」

「いえ、私の持ってきたのはゆいごんしょなんですが・・・」

なんてやっていてうまくいくとも思えませんね。

蓋し(けだし)の普通の意味

 さらにここからは、専門用語と普通の用法との違いがもっと大きなものになっている話になります。

蓋し(けだし)」という言葉は、普段あまり国語でも登場する言葉ではないのですが

「まさしく」とか「たしかに」という意味の言葉で、「けだしその通りであろう」というような使い方をします。

漢文でも「蓋」の文字を使う表現もあるので、古来から使われてきた言葉ですが

有名な表現として「けだし名言」という言い回しがあります。

意味を当てはめると「まさしく名言」「たしかに名言」という事です。

法律論文での「蓋し」

 ところが法律の論文で出てくる「蓋し」はこれとは全く意味が違って使われています。

最近は判決文などでも使われなくなっているようですが

法律論文では「蓋し」は「なぜならば」という意味で使われるのが通例です。

「この事例においてAはBに対して地上権をもって対抗することを得るものと考える。けだし、AとBの関係は対抗問題となっているため登記を備えたAがBに優先するからである」

と言った感じになります。

 私は実は「けだし名言」という言葉は元々何かで聞いたことがあって知っていましたが

大学に入ったばかりの頃、その意味ははっきりと覚えていませんでした(たぶん勉強したが忘れていた)

そこに法学部の勉強で「蓋し」は「なぜならば」だと勉強をしたのです。

「ああそうだったのか」とばかりに意味を当てはめて見ました。

そして早計にも「けだし名言」は「なぜならば名言だからだ」という意味だとしばらくの間思い込んでしまっていたのです。

無理もありません。同じ言葉を全く意味が違って使うというようなことはなかなかないからです。

記憶は定かではありませんが、法学部に入ったばかりの頃は結構な理屈屋で難しい言葉を人に自慢するようなところもあったので

誰かへの手紙などにこの意味で理由を言うように「けだし名言だね」とか書いてしまっていたことがあるかも知れません。

まさに痛恨のミスです。

相手に伝わることが一番重要

 この法律用語の「けだし」については法学を学ぶほとんどの初学者が「謎の意味変換」だと思っていたようですが

上記のように最近ではほとんど使われなくなっているようです。

しかしなぜこんなことが起こっていたのでしょうか。

一つには法律家同士で意味が通じて、かつ使いやすい上に何だか格調高く感じるということがあったのかも知れません。

確かに論文を書くときに「何故ならば」と書くより「けだし」と書いた方が何だかそれっぽくてイメージはよかったです。

こういう専門用語は資格試験などでは採点者も専門家なので、むしろ「けだし」と書いた方が「こいつ知ってるな」と言う風に思われるのではないかという意識が受験者には働くのはまちがいのない所です。

どうも調べてみても出処ははっきりしないので、誰かが誤用したのが始まりではないか(国語辞典には「なぜならば」の意味は出ていない)と言う気がします。

でも専門用語ばかりでクライアントを煙に巻くようなことはかえってその業界自体の未来にとってもよくないので、専門用語も一般の人がわかるような平易な言葉にできるものは変えて行った方がいいですね。

 まあ医学用語とかはその最たるもので、最近は特に「患者とか被験者とかは知る必要などない」という意識があふれている面があるような気もします。

インフォームドコンセントがという事が一時期熱心に叫ばれていましたが、最近の騒動の影響なのか、いつの間にか「それはなしね。任せておけばいいのだ」みたいな扱いになっているのもかなり気になります。

 自分が昔目指していた業界だから言うのではありませんが、その意味では医学界より法律界の方がまだ一般の人の方を向いて仕事をしているようにも感じたりします。

まとめてしまえば、「難しい言葉を多用する専門家にはご用心」という結論になるかと思います。

今後も皆さんのお役に立つ情報をアップしていきます


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