【合格発表】「試験結果で人生は変わらない。人生を変えるのは自分の心だけ」

受験の結果

 3月も半ばになるこの時期は、中学受験・高校受験・大学受験の結果が出て進路が最終的に確定する時期です。

当たり前のことですが、受験結果には合格もあれば不合格もあります。中間はありません。

合格発表は、誰にとっても人生において大きな局面であることは間違いがありません。誰もが良い結果を望み、「何とか合格であってくれ」と祈る気持ちでその日を迎えます。

 しかし現実はいつも冷徹です。不合格になる人も、定員割れでない限り、否、定員割れであってさえ生じるものです。

私は生徒指導を30年近くしてきて、様々な合格そして不合格を見てきました。そこには言葉では言い尽くせない、生徒たちの実に色々な気持ちというものがありました。

その私がどうしても言いたいのは、「試験の結果で人生は変わらない。人生を変えるのは自分の心しかない」ということです。

 最近では学歴というものの持つ意味が大きく変わってきています。昭和の時代のように「有名高校、一流大学、大企業へと進めば約束された未来が待っている」というような夢は今や完全に幻想になっています。

しっかりとした人生のプランニングをしないと、東大やハーバード大を出ていようが大変な状況に簡単に陥ってしまうというような事さえも今や普通にある社会です。

逆に世の中に流されず、「自分に何ができるか」を的確にとらえて見通しを立てた人は、どのようなポジションにいるかによらず、生き生きとした人生を送っていたりします。

 単に1つの試験で人生が決まってしまうというような単純な話などは、どこにもないのです。しかし試験にずっと合格をし続けた人は、それに気づかないということも実はあります。

私は長く司法試験を受験していたので、その際に東大生・京大生など、学歴については一流の人と机を並べて勉強したり交流をしていました。そこで一番感じた事は「自分は勝ち組」と思い込むことの人生における危険さです。

受験生の中には実は、私の目から見て「この人が法曹に入って大丈夫なのかな」と感じられるような言動をよくする人もいました。

しかし決まってそういう人は試験に強かったりしました。すぐに最終合格しました。

「きっとこういうタイプの人は法曹界に入ってから変わっていくんだろう」と思いましたが、試験というものはそういうものです。人柄や人物をはかるものではないからです。

単に知識や考え方の精密さを問われるだけのゲームのようなもので、試験などでその人物をすべて評価することなど、できるはずはありません。

受験を取り巻く環境には運もある。だから…

 ここから書くことは、残念ながら今回受験で不合格になったすべての人にお読みいただきたい内容です。

 保護者の方は、ここからのくだりはぜひ受験をされたご本人に読んでもらってください。

 受験というものは万能の制度ではなく、人生の一時において条件を絞り込み、その中で受験生を競わせるというものに過ぎません。

 ただ県境をまたいだだけで受験制度や県が受験に関与してくれる割合も全然異なります。 学校の組み合わせがジャストフィットせず、第1志望とは難易度がかけ離れた第2志望校に通うことになる場合もあります。

 親が通っていたころはわりと合格しやすかったのに、時代が変わって難関になってしまったり、 兄弟が通っているのに、たまたまその年だけ倍率が急に高くなって合格が難しくなったり、 少なくとも受験を取り巻く環境には運もあると思います。

 受験というたった1日のことで、受験生の全てを評価できるはずもありません。そこには、単にその日の試験問題で合格点を取れなかったという事実しかありません。

 ひょっとして翌日に別の問題でやれば結果は違ったかも知れません。

 何が言いたいかというと、「合格・不合格は始まりに過ぎない」ということです。

 合格をして「もう勉強はいいや」と思って、高校で赤点を取ってしまう生徒もいます。 逆に合格が嬉しくて、どんどん勉強の楽しさを知り中学の時とは別人のようになる生徒もいます。

 同様に不合格になった場合にも、自分の通う学校のことを好きになれなくてやめてしまう生徒もいますが、 逆に第2志望の学校のため、入学後いきなり優秀な成績を取って、意欲が増して勉強に邁進する生徒も見かけます。

 私は長い間受験というものに関わってきましたが、受験の結果の意味というものは、出された結果を自分が次のステップにどう生かすかで180度変わってくるものだと思っています。

 すべては自分の考え方、将来へ向けてどのように生きていくのかという展望次第だと思います。

 受験で決まることは、単に自分が通う学校がどこになるかということだけです。

自分の未来は、そんなことだけでは変わりません。

自分が変えようとした時にだけ、未来は変わるのです。これまでしてきた学習上の努力は白紙になることはありません。

 受験というものは結果で判別されるものですから、80点が合格、79点が不合格であれば、1点足りないだけで天と地の差があると考えてしまいがちですが、実力差はわずか1点です。

79点の実力を不合格者は持っているのです。不合格の瞬間から0になったわけではありません。

「ではその力をどこで生かせるの?」という疑問を持つ人も多いと思いますが、実は必ず生かせる時がやってくるものです。

 学習生活を終了させてしまうなら別ですが、進学を考えていれば次の関門(大学入試や専門学校入試)で蓄えていた力を生かせます。さらに国家試験や就職試験などその次の関門もあります。いくらでもチャンスはあります。

前にも書きましたが、高校受験で第2志望校に進学した生徒が、最上位の成績を取り指定校推薦をもらって、第1志望校に進学していても、おそらくなかなか行けなかった大学へ進学した例なども結構あるのです。

 受験の失敗は、想像している以上にその生徒をより強くさせてくれることが多いのだと思います。

 そして学習生活以外ならもっとチャンスがあります。たとえば大きな事業を一から起業した人のほとんどが、いわゆる東大や京大などの一流大学出身ではないのをご存じでしょうか。中には高卒、中卒の方もたくさん見えます。

 これは当然ですね。事業をするのに学歴が役立つとするならば、それは学閥のつながりくらいで、それ以外は全く意味がありません。

必要なのは「人に何かをしてあげたい」という動機やエネルギー、「世の中を良くしたい」というような気持ちだったりします。

 日本では起業をする人が世界中でも一番少ない位になっていますが、世界が大きく変わりつつあるので、おそらく今後は変わっていくに違いありません。だから試験に落ちたってそういう選択肢もあります。世界はチャンスだらけです。

合格した先にあるもの

 不合格になった人への話が多くなりましたが、もちろん合格した生徒にとっても合格は始まりです。 新しい環境で自分をどこまで伸ばしていけるか、今はスタートラインに立ったばかりです。

受験に全力を注ぎこんで合格をした生徒の中には、燃え尽きたようになってしまう生徒が時にいます。

 高校に入っても、「一休みかな」と思ってペースを落としていると、いつの間にか勉強がわからなくなってしまうということもあります。

 特に推薦で合格をした生徒については、入試の制度にもよりますが、学科の得点で合格をしているわけではない場合が多いので、油断をしないようにしなくてはいけません。

 今の中学の内申評定のシステムでは、得点力=評定ではないので、自分が中学で高く評価されたとしても高校で学習についていけるかどうかは未知数です。

 多くの方が誤解をしていますが、「高校に入って勉強についていけない」という事態は、内申が足りなくて合否ぎりぎりで合格した生徒には、そんなに生じません。内申が足りないのに合格できる得点力があったからです。

 むしろ内申がとても高かったけれど、得点が取れなかった生徒に起こる場合があります。

推薦の場合は、得点はわからないままである上に、得点力とは別の要素で合格している場合もあるので、なお安心はできません。

 高校では授業スピードやボリュームが急に変わります。

最初が肝心というのはいろんなところで言われることです。一段落したら、新しい勉強のことをしっかり考えていかなくてはなりません。

 高校へ進学するときには、部活をどうするとか友達はどうかとかなどをまず考えている人はとても多いのですが、一番最初に考えなくてはいけないことは、何といっても勉強のことです。

 いずれにしても、合格・不合格は本当に通過点に過ぎず、そこが新たな出発点になります。

「あのとき合格して良かった」「あのときの不合格があって今の私がある」

どちらの未来も素晴らしい未来だと私は思います。

合格発表が終わったこの時期に、受験生の方へ向けていろいろ書いてみました。 

今後の指針に参考にしてみてください。

今後も皆さんのお役に立つ考え方をアップしてまいります。

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