It’s never too late.
英語にはさまざまなことわざがありますが、日本のことわざとちょっと違って人生訓的な色合いが濃いものを目にすることが多い様に思います。
哲学的と言ってもいいかと思いますが、簡素な言葉に見えて深い味わいがあるものがあります。
It's never too late.はそんなことわざの1つです。
意味は「何事も遅すぎることはない」というもので、neverは「決して」tooは「あまりに」とか「~すぎる」、late「遅い」という単語の意味を組み合わせると、「決して遅すぎるわけではない」という訳が導かれます。
実はこのことわざには、元の言い回しから省略がされている部分があります。
It is never too late to be what you might have been.というのが元の言い回しです。
「なりたかった自分になるのに、遅すぎるということはない」という意味です。
これはイギリスの作家であるジョージ・エリオット(本名メアリー・アン・エヴァンズ)の言葉と一般には言われていましたが、一説にはイギリスの詩人アデレード・アン・プロクターの言葉ではないかとも言われています。
what you are と言う言いまわしがありますが、これは「あなたがどんな人か」と言うような意味になります。そしてmay (かも知れない)の過去の表現であるmight have 過去分詞の形が入っているので、「あなたがなったかもしれない人」というような表現であり
その前のto be が「なること」と訳せるため、「あなたがなりたかった自分になるのに」という意味が付け加えられるというわけです。
文法の話をもう少しすると too ~to…の表現、「あまりに~なので…できない」が含まれる構文なので、前半部分は「あまりに遅すぎるのでなれない」という意味を含み、それがneverで打ち消されて「遅すぎるということはない」という意味になると解釈できます。
「いい年をして…」
「分別のある大人がいい年をしてみっともない」なんて言う言葉を聞いたことがあるとおもいます。
これは常識をわきまえた大人が、自分の欲望のままに、あるいは感情のままに行動することを戒める言葉ですが、私たち日本人の感覚として、どちらかというと「年相応」「分相応」というような意識を持ってしまいがちな傾向があるように思います。
これはおそらく民族的な面があり、同調圧力の下、何か変わったことをする人をとにかく批判するということからも見られる傾向なのではないかと思いますが、
この英語のことわざは、それと真逆なイメージの言葉です。
我が国のことばでも「六十の手習い」と言う言葉があります。晩年になって何かを始めることを言い、どちらかというと良い事であるイメージの言葉ですが、むしろこういう心境を大切にしたいところです。
なお一般によく聞かれる「四十の手習い」はこの「六十の手習い」を言い直したもののようで、もとは60だったようです。だとすると昔にできた言葉であることを考えれば、大したものだと思います。
今の感覚で言えば「九十の手習い」くらいになるのかもしれません。
いずれにしても、何かを始めるのに遅すぎることはなく、逆に「遅い」と感じて批判する人は、むしろその人の感覚が年齢に固定されていしまっている面もあるのかもしれません。
人生百年時代を迎える現代では、幸いなことに、健康でさえあれば、いつからでも実に色々なことを始められます。
そのためには、この英語のことわざにあるようなメンタルを持つことが大変重要なのではないでしょうか。
今後も皆さんのお役に立つ情報をアップしていきます。