【宦官趙高】昔も今も裸の王様を操る影の権力者が存在する?

稀代の悪宦官趙高  秦の始皇帝と言えばおそらく知らない人はあまりいないと思いますが、始皇帝が亡くなったときに起こった政変のことはご存じない方もいるかと思います。  始皇帝亡き後、丞相であった李斯(りし)は宦官(かんがん)である趙高(ちょうこう)の謀略に乗せられ、始皇帝の長男扶蘇(ふそ)を亡き者にしてしまいます。  扶蘇は優秀な跡継ぎで、秦帝国を築き上げた功労者である名将... (続きを読む)


【五公五民】権益を持つ者に求められる「お互いさま」の心とは?

江戸時代の五公五民  江戸時代の年貢を納める率は五公五民であったそうです。   農民の取り分と農民が納める年貢とが5:5の割合でした。  江戸初期には四公六民( 五公五民より緩かった)でしたが、八代将軍徳川吉宗の享保年間の頃から五公五民となったと言われています。  私たちが歴史の勉強をしていて、この五公五民について聞くと、 「半分も持っていかれるのか。ひ... (続きを読む)


劉邦の「法三章」【軽減税率の失敗】

劉邦の「法三章」  漢の国を創設した劉邦(項羽と天下を争った相手)が秦を破った際に制定した全部で3か条だけの法。その内容は「人を殺した者を死刑とする」「人を傷つけた者を罰する」「何かを盗んだ者を罰する」というわずか3か条のみだった。それまでは、秦の始皇帝が大変複雑で厳しい法で民を支配していたため、劉邦はこの法三章によって当時の民衆の絶大な支持を得ることになった。*(漢が天下を取った後は「九... (続きを読む)


国家の未来【官僚の目線はいったいどこに?】

 最初にお断りしておきますが、私は経済の専門家ではないので、今日書くことはあくまで庶民の素人考えだと思ってお読みください。  国家の実質的な運営は、我が国では 明治維新以来 優秀な官僚によって担われてきました。  政治が迷走するときには、官僚こそが国家百年の計をもって、冷静に行政実務を行わなくてはならないことがあります。政治家が頼りにならない時は、一層官僚の力が私たちの頼りで... (続きを読む)