【英語のことわざ】「精神一到」が「there’s a will」 になるワケとは?

あまりにもイメージが違う  Where there’s a will, there is a way. こんな英語のことわざがあります。 will はここでは「意志」の事を指しますから 「意志のある所に道がある」という意味のことわざです。  これだけだと、「まあそんなものか」という話ですが これと同義のことわざとして 「精神一到何事か... (続きを読む)


【英語のことわざ】It is no use crying over spilt milk.「『覆水』って何?ミルクじゃないの?」

英語のことわざ  高校英語を学習すると 英語のことわざというものがたまに出てきます。 一番よく見かけるのは 「覆水盆に返らず」 It is no use crying over spilt milk. というものです。 私が、高校英語で最初に覚えたのもこのことわざですが そもそも 「覆水盆に返らず」という日本語のことわざ自体が ... (続きを読む)


【用意周到】先んずれば人を制す

先んずれば即ち人を制す  故事成語に「先んずれば人を制す」という言葉があります。  これは、漢の高祖劉邦と天下を二分して争った項羽の事を記した「史記」の「項羽本紀」に出て来る 「先即制人、後則爲人所制」 「先んずれば即ち人を制し、後るれば即ち人の制する所と為る」から来ています。 「人よりも先に何かを行えば有利になり、後から行えば他人が有利になる」という意味の... (続きを読む)


【坂本龍馬が考えたこと】世界を創るのは「あなたの考え方」かも知れない

人生を変えるもの 心が変われば、態度が変わる。 態度が変われば、行動が変わる。 行動が変われば、習慣が変わる。 習慣が変われば、人格が変わる。 人格が変われば、運命が変わる。 運命が変われば、人生が変わる。 アメリカの心理学者で哲学者のウィリアム・ジェームズの言葉とも言われている有名な言葉です。  大変印象に残る言葉で 各界の著名人... (続きを読む)


【考える習慣】「呉服」って三国志のあの「呉」の服なの?

身の回りにも知らないことはたくさんあります  着物を販売するお店を「呉服店」と言いますね。また着物のことを「呉服」と呼んだりしています。 着物を着る習慣のない人は気にも留めない人が多いですが 歴史の勉強をしていたり、あるいは別の機会に「三国志」に「呉」が登場してきたとき、 「あれ?呉服の呉ってこの国の服なのかな」 と思ったことがある方はどれくらいいるでしょう... (続きを読む)


【教師に求められるもの】千葉周作の合理的指導法とは?

千葉周作  江戸時代に近代的剣術の始まりとも言える北辰一刀流を創設した剣術家。それまでの、天狗や神に秘法を授かったとかいう表現を使ったり単純な剣術の手を装飾して神秘的な名称にしたりするだけなど、形ばかりを重んじる剣術の指導のやり方を改めて合理的な指導を行った。また指導方式としてもそれまで主流であった危険もある組太刀の稽古ではなく、防具を使う竹刀稽古を本格的に採用した。合理的指導により剣術の... (続きを読む)


【宦官趙高】昔も今も裸の王様を操る影の権力者が存在する?

稀代の悪宦官趙高  秦の始皇帝と言えばおそらく知らない人はあまりいないと思いますが、始皇帝が亡くなったときに起こった政変のことはご存じない方もいるかと思います。  始皇帝亡き後、丞相であった李斯(りし)は宦官(かんがん)である趙高(ちょうこう)の謀略に乗せられ、始皇帝の長男扶蘇(ふそ)を亡き者にしてしまいます。  扶蘇は優秀な跡継ぎで、秦帝国を築き上げた功労者である名将... (続きを読む)


【五公五民】権益を持つ者に求められる「お互いさま」の心とは?

江戸時代の五公五民  江戸時代の年貢を納める率は五公五民であったそうです。   農民の取り分と農民が納める年貢とが5:5の割合でした。  江戸初期には四公六民( 五公五民より緩かった)でしたが、八代将軍徳川吉宗の享保年間の頃から五公五民となったと言われています。  私たちが歴史の勉強をしていて、この五公五民について聞くと、 「半分も持っていかれるのか。ひ... (続きを読む)


【項羽と劉邦】「公平の威力」項羽が手に入れることができなかったもの

 以前指導のやり方ということに絡めて項羽と劉邦の話を書きましたが、http://wizzseiun.com/2019/10/01/chu-han-contention/  今回は「公平の威力」ということを書いてみたいと思います。 どう考えても項羽の勝ちは約束されていた。  項羽は、漢の国を創設した劉邦と天下を争って敗れた楚の武将です。  彼は最初、始皇帝で有名な秦... (続きを読む)


【黒船造船】模倣という成功の近道とは?

黒船を造った藩  幕末(1853年)に浦賀に黒船が来航した話は誰もが知っていますが、これを知り黒船を日本人がすぐに造ってしまった話はご存じのない方も多いかも知れません。  薩摩藩では名君島津斉彬(なりあきら)の命で、早くから外国船の来訪を察知して蒸気船の製作に着手しており、書物の情報だけで黒船来航後まもなく黒船(自走できる蒸気船)を完成させています。  最初の国産蒸気船... (続きを読む)