【まんじゅう怖い】人の潜在意識に「不足感」を植え付ける犯人とは?

願望がかなわない

 脳科学的にみてもスピリチュアル的な考えにおいても、潜在意識においては否定語が通用しないという事があきらかになっています。

 たとえば、「テストで悪い点を取りませんように」とか、「試合で緊張しませんように」という願望を脳裏で繰り返していると、

顕在意識においてはもちろんその通りの意識でいられますが、人の意識のほぼ全域(9割以上)を占めるとされる顕在意識には表れてこない潜在意識においては、その通りの意識にはならないとされています。

つまり潜在意識は頭脳的なプレーヤーではなく、漠然としたイメージで物事をとらえるため「悪い点を取る」「緊張する」というその人が意識の焦点を当てた部分のみを増幅して意識に刻み込まれてしまうのです。

1「悪い点を取る」2「それは嫌」という願望においては圧倒的に1の部分が大きな割合を占めるでしょうから、1だけが増幅されます。

結果としてテストではその潜在意識の下で戦わなくてはならなくなります。

 よく引き寄せをしようとしても、まったく効果が上がらない原因の一つに、この仕組みがあるという事が言われていますが、これは科学的にも正しい話だと思います。

願望の裏にあるもの

 人は誰しも日々色々な願望を持ちますが、願望を持つという事はそれを裏返せば、「その願望は今かなっていない」という事になります。

つまり意識において願望を強く持つということは、不足感を今強く持っているということになります。

 それは当然ですね。テストで100点を取りたいということは、今100点は取れていないということであり、強い願望を持つ人ほど、その願望に対する欠乏感や不足感を現在もっているということになります。

そして厄介な事に、これは上記の否定語がわからないという話と同様、潜在意識の中においては願望を持てば持つほど、不足感を自分で意識に刷り込ませてしまっているということになります。

 そしてこれも引き寄せができない大きな理由になっていると巷では言われています。

そのため願望をかなえたい場合は、不足感を頭に描かず、「すでにその状態がかなっている」と思い込むということが重要であるとも言われています。

たとえば100点満点を毎回とっているという意識でテスト勉強をすると言った具合です。

不足感を植え付けた犯人

 人々は皆多くの願望を持っているのですが、それと同時に同じだけの不足感を持っているということになります。

では本当にそんな不足が実在するのでしょうか。

「しっかり勉強しないと立派な大人になれないぞ」

「辛くても頑張らないと社会でやっていけない」

大人は子どもの未来を思って危機感を持つような言葉を日々子どもに伝えていきます。

しかし「しっかり勉強して立派な大人になる」人がいるのは事実でも、「しっかり勉強しないと立派な大人になれない」というのは事実ではありません。しっかり勉強しないけど深い洞察力を持った立派な大人は社会に山ほどいます。

「辛くても頑張って社会でやっていく」人がいるのは事実でも、「辛くても頑張らないと社会でやっていけない」というのは事実ではありません。辛い場所は自らさけて頑張らずに楽しく社会でやっていく人はたくさんいます。

 「こうしないと駄目」「こうしないと大変」そういう意識に子どもをさせることによる弊害は驚くほど大きなものです。

潜在意識はそういう恐怖感を次々と飲み込んでいき、やがていくら顕在意識で前向きに楽しく生きていこうとしても、心の中に常に不安や緊張をもって生きていかなくてはならないことになってしまいがちです。

だから「子どもには夢を語れ」とよく言われるのは本当に意味があることなのです。

 そして親や学校の先生よりももっと人々の心に不安感や閉塞感を与え続けているものがあります。

それはメディアです。

「こんな怖い事があるかも」「こんな怖い病気が見つかった」と言うような番組があったり、報道にしても残忍な犯罪が日本中世界中で起こっているような印象で伝えられます。

もちろんそんな事もあるのかもしれませんが、それは世界のほんの一部に過ぎません。

世界のほとんどの人は安心して楽しく毎日を暮らしています。しかしそういう事実はこういう内容を見たテレビを日々見ている人の潜在意識には決して定着されないのです。

 昔「テレビばかり見ていると馬鹿になる」という言葉がありました。

私は劣悪な番組がそれを導いていると思っていましたが、今では考えが変わりました。

テレビは今や報道機関でも社会の木鐸でもなくプロパガンダを行う利益誘導機関になってしまっています。恐怖をあおる程度は以前の比ではなく、言っている事も実際にもめちゃくちゃな場合が多くなっています。

「まんじゅう怖い」という落語がありますが、今やそれに近い笑うに笑えないような架空の恐怖さえ煽っているのですが、テレビのみ見ている人は一向にそれに気づけません。

単純に「テレビを見ていることは危険」であると私は今は思っています。

正しい情報を得られないということもありますが、何よりも人々の潜在意識にありもしない恐怖感や不足感を与え続けているという弊害を生じていると思います。

ぜひ一度お考えになってみてください。

情報源は他にもたくさんありますよ。

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