勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし
「甲子夜話」に出てくるこの言葉は、プロ野球の野村克也氏の座右の銘として有名です。
野球の勝ち負けでもそうでしょうが、この言葉は、うまくいっているときには、なぜうまくいっているかわからないことがありますが、失敗には必ず原因があるということを表したものです。
失敗をしたときには、人は必ずショックを受けます。
しかし、ショックを受けたからと言って何もしなければ、また同じ失敗を繰り返すことになります。
大切なのは、失敗の次の行動ということになります。
私たちは「失敗したな」と思ったら、とにかくなぜそうなったのかを必死で考える必要があるのだと思います。
できないことをできるようにするのが学習
勉強というものも、実は失敗からスタートするものだと思います。
新しいことを学びマスターしていく際に、初めからスイスイとできることはまずありません。
やってみたができず、あれこれ試行錯誤していくうちにいつのまにかできるようになり、さらに繰り返しているとそれが当たり前になっていく、それが学習だと思います。
もし一度や二度間違っただけで、失敗したと思って前に進まなかったら、学習の成果が上がるということはありません。
生徒には「間違える権利」があるのです。
だから、たくさんの間違いをしても、その次にできれば失敗ではなく、それは成功です。
これを繰り返していくのならば、それは「成功の連続」ということになるでしょう。
失敗は成功の元ではない
こうやって考えると、失敗は成功の元ではありません。
エジソンが同じ内容のことを言っていますが、成功へ向かう途中での誤りは失敗ではなく「方法を試してみただけ」に過ぎないのだと思います。
だからそのことをあきらめるまで失敗は起こらないのです。
すべてが途中の試みならば、それを確認できたことはすでに1つの成功といえるのではないでしょうか。
簡単に言えば、失敗は成功そのものということです。
考え方を変えるだけ
このブログでは何度も書いてきましたが、この世界を認識しているのは自分です。自分の考えていることが世界を創りあげているのだと思います。
失敗したと悔やんで立ち止まっていれば、あなたは「後悔して立ち止まっているだけの世界」の住人になります。
「必ずこれを成功につなげる」と思って誤りをばねにして、すぐに新しい工夫や努力に着手すれば、あなたは「誤りを成功につなげていく成功の可能性のある世界」に移住できます。
どちらがよいですか?
今後も皆さまのお役に立つ考え方をアップしていきます。