【結果と理由】できるのにはわけがある

ハイジャンプ

 中学の時陸上部に所属していました。

走るのはかなり得意で

中距離やリレーで県大会などにも出場しました。

 練習は長くはありませんでしたが

集中してかなりハードにやっていました。

そんな練習の合間に

いつも部の仲間たちとやっていたのが

「走り高跳び」

俗に言うハイジャンプです。

強い部でしたが部員は少なく、男子部員でハイジャンプ専門の選手はいませんでした。

グラウンドの中ほどに高跳びをする場所があり

大きなクッションが置かれていたので

休憩するにもぴったりで

気軽にみんなで競い合いで跳んで楽しんでいました。

知らずにできるように

 高跳びの跳び方については

そんなに詳しかったわけではありませんでした。

ベリーロールや背面跳びを

見よう見まねでやってみては

自分の跳べる高さを少しでも超えられるように

楽しみながらやっていました。

 そんなある日

体育の授業の時間に

高跳びの時間がありました。

指導の授業が何回かあり、その後順番に計測になって

驚きました。

当時陸上部でその体育の授業を受けていたのが3人いたのですが

記録のトップ3人が陸上部でした。

 私は走るのは速かったのですが

別にジャンプは得意ではなく

どちらかというと「上手く跳べないな」と感じていたので

大変驚きました。

 だいたいこういう中学の授業では

運動神経の良い生徒がいて

たとえばバレー部だったりバスケ部のように

普段跳び上がることが多いスポーツの部活の生徒が

良い記録を出すと思っていたからです。

いつのまにか無駄のない良い跳び方が身についていたということでしょうか。

出来る理由

 今回このお話をしたのは

スポーツでも勉強でも

優秀な結果を出すには

必ず何らかの理由があるということをお伝えしたかったからです。

 簡単に言うと

「運動神経がいい」

「頭がいい」

というのは、理由のようで実は理由にはなっていません。

このように

遊びを通してやり方をマスターしていたというような

具体的にできるようになった理由が存在するものです。

運動神経がよくても

跳び方を見ただけでできるようになることはないのです。

勉強をしなくて・・・宿題をやらなくて・・・

 よく成績が上がらないときに

「勉強をしないので」

「宿題をしなくて」

という悩みを持たれる保護者の方がいますが

 学校の授業だけでスイスイと理解ができる生徒の場合は

それでも問題はありませんが

何らかの問題を抱えているときには

やはり大変になります。

「学校で授業をしっかり聞いて」というだけで上手くいくのは

要領よく自分の学習法をつかんでいる場合に限られるでしょう。

宿題はもちろんですが

自分の学習をするということはどうしても必要です。

 ハイジャンプの話にあてはめて言えば

「運動神経がいい」だけで

良い記録を出せるわけではなく

勉強ができる生徒について

漠然と「あの子は頭がいいから」と

その能力を理由と考えているのは誤りだということになります。

出来るようになっているためには

頭の良さ以外に、必ず

「合理的な学習をしている」とか

「学習量が他人より多い」とか

「授業時に非常に集中して考えている」とかの

具体的な理由があるものです。

 絶対的に必要な学習量を

(もちろんたくさんやりさえすれば良いとは思いませんが)

こなさないで結果を出すというのは

言わば

植物に水を与えないで、花を咲かそうとするような無茶な試みです。

 だから

学習が順調にいっていない場合には

まず一番最初にやらなくてはいけないことは

やり方を考えると同時に

「必要な量は学習する」という習慣をつくることです。

物事には結果を導くための理由があります。

理由なく結果が表れることはありません。

今後も皆さんのお役にたつ情報をアップしていきます。


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