【人間万事塞翁が馬】幸せの達人になるには「解釈力」が必要という話

どうしたら幸せになれるのか

 私たちは日々の暮らしを送っていて、色んな出来事に遭遇しますが、うれしい事もあり悲しい事もあり、その時々で感情を大きく揺らされて生活をしています。

そういう感情の大きなうねりこそが人生であると言われれば、確かにそうなのかもしれませんが、同じような出来事に出会っても、よく観察していると人によって反応が大きく異なっていることに気づくことがあります。

たとえば「きっと悲しんでいるだろう」と思って友人を慰めようとしたら、「ああ、あのことはもう吹っ切れた。かえって良かったと思っているよ」なんて返事が強がりではなく聞こえてくることがあります。

物事の視点を少し変えるだけで、人は感情の嵐から脱出できるのだと思います。

今回はそんな物事に対する「解釈力」についてのお話です。

人間万事塞翁が馬

 中国の有名な故事に「人間万事塞翁が馬(にんげんばんじさいおうがうま)」という話があります。 これは前漢の時代、高祖(漢の創始者)劉邦の孫である劉安の撰によるとされる「淮南子」という書に書かれているストーリーの一つです。

 昔中国の北にある異民族の国である胡(こ)との国境の塞(とりで)付近に住んでいたある老人は、占いが得意で周りの人々の運命などをよく占っていました。

この老人が「塞翁」で、わかりやすく言うと「とりでの爺さん」と言うような意味です。

 この爺さんは馬を飼っていましたが、ある時国境を越えて胡の国の方向へ逃げ去ってしまったのです。

すると意外にも爺さんは「これは幸運を呼び込む兆しかもしれない」と言います。

周囲が可哀そうにと思っていると、何か月か後に逃げた馬が胡人が飼っていると思われるとても立派な馬と一緒に戻って来ました。

 周りの人たちは皆「爺さん良かったな」と言ってくれます。

 ところがそれを見た爺さんは、今度は「これは災いの知らせかも知れない」と言い出します。

周囲の人は驚きましたが、予想が的中したのか今度は爺さんの息子が落馬してしまいます。

今度こそ「これは大変ショックを受けているに違いない」と周りの人たちがお見舞いに行くと

何と老人は、「今度のことはむしろ吉兆(良い知らせ)だ」と言うのです。

周りの人たちは、今度はどういうことだろうと思って見守っていました。

 それから間もなく北方の胡人が国境を越えて侵入を開始しました。

そのため健康な男子は、皆兵役に駆り出されかなりの兵士が戦死をしてしまい大変な目に遭う事になります。

 けれども老人の息子は、落馬のケガで足を悪くしていたため兵役にとられなくて済んだのです。

 これが「人間万事塞翁が馬」のストーリーです。

 人生においては、何事も塞爺さんの馬のように「良い事と思ったら悪い事であったり、悪い事と思っていたら良い事であること」が実はよくあるという教えです。

 物事を一面から見れば、いわゆる一般に言われる悪い出来事は「不幸な事」でしかないわけですが、考え方や視点を変えればいくらでも「良い事」と考えることができるという考え方がこの話の背景にあります。

 これは「塞翁が馬」という故事成語として、広く今でも使われる言葉になっています。

「人生で遭遇する出来事の吉兆や禍福(かふく・悪い事と良い事)は、容易に決めることはできない」という意味の文脈で使われます。

世界はあなたの見方次第でいくらでも変わる

 もちろんこの話は、単に塞翁さんの先見の明がすごいとか、運を見通せば処世に長けて生きていけるというような話ではありません。

誰もが「可哀そうに」と思うような出来事でも、「ひょっとして見方を変えればいい事につながるかもしれない」

誰もが「幸運だ」と称賛する出来事でも、「油断すると何か危険があるかもしれない」

そんな見方をすることが、人生をうまく生きていくコツではないかということを示唆してくれていると思います。

 これとは別の言葉で「禍福は糾(あざな)える縄の如(ごと)し」ということわざがあります。

 これは縄を作るときには二本の藁束をより合わせるように交互に絡み合わせて作る(あざなう)ことから、縄が交互に表裏をなしていることと例えて

「良いことと悪いことは交互に起こる」ということを表していますが

 正に実際もその通りで、ずっと順風満帆な人生なんてありえません。

良い事の後には悪いことが来たりするものです。

 そうだとすれば「塞翁が馬」の爺さんの考え方(占い)は、私たちに生きていく上で重要なヒントを教えてくれている気がして仕方がありません。

 それは何事も、物事は「自分の見方次第」という事です。つまりそれは「解釈」です。

 たとえ厳しく思えてしまう現実が立ちはだかっているとしても、それを解釈してプラスの方向へ視点を変えてとらえて、むしろ自分のためにそれさえも利用をしていくようなそんな考え方をすることができれば、きっと世界は、ずっとあなたのために有利な場所になるのではないでしょうか。

「幸せに生きるコツ」は「幸せを感じようとするコツ」なのかも知れません。

 物事は常に客観的に起こっています。良い出来事、悪い出来事というのは人の判断です。だからどんな出来事も、それをどう「解釈」するかは一人一人の人間が決めます。

良い事があれば有頂天になり、悪い事があれば悲嘆に暮れという感情の起伏の激しい人生を送るのもありかも知れませんが、この話のように、良い事があっても悪い事があっても「その意味」をよく「解釈」して、すべてを自分の役に立つ話として取り込んでしまっていくという事が出来れば、その人は人生の達人なのだと思います。幸せの達人と言っても良いかも知れません。

「解釈力」で自分の見ている世界は大きく変わります。一度考えてみるのもありだと思います。

 今後も皆さんのお役に立つ考え方を取り上げていきたいと思います。

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