【結果を出す】「努力が大事」は物事が終わった後の話

「努力することが一番大事」って本当ですか?

 よく教訓として「何事も努力が大切」ということが言われます。

人生訓としては、とても良い言葉だと思いますが

「努力することが一番大事」というのは

一生懸命やった後で、結果がかなわなかった場合でも

「その過程は決して無駄にならない」というのが正しい意味ではないかと思います。

 一生懸命努力したことは、人を必ず成長させてくれます。

その結果、何がが達成できなくても

その過程で自分が試行錯誤したことや、伸びを見せたこと、しかし上手くいかなかったこと等々、それぞれの事がすべて貴重な体験として

その人の目に見えない財産として残るものです。

 しかし、これから何かをしようとする時に

「努力することが一番大事」と考えてしまうのは

意識の持ち方としては、間違った方向に進んでいるのではないかと思います。

 これから何かをしようとする時に一番大事なのは

言うまでもなく

「結果を出すこと」です。

「やったから満足」という勉強法

 生徒たちを見ていて

成績が上がらない生徒、あるいは上がっている生徒でもそのかなりの部分の人達が

「結果」志向ではなく

「努力(過程)」志向の

考え方をしていることに驚く事があります。

 簡単に言うと

「結果が出ようが出まいが」

「やったからOK」という勉強法をしているということです。

 たとえば私がよく取り上げる

「ノートに同じ英単語や漢字を延々と書いて練習する」というようなやり方は

「英単語を覚える」・「漢字を覚える」という「結果」を

ほぼ意識せずにやってしまっている典型例です。

 稀にそれでスイスイ暗記できる人もいますが

それはコツをつかんでいるからで

普通の人は、その作業量に対して記憶の能率は著しく低いものであるはずです。

 暗記が得意な人を観察していると

たとえば

「じっと英単語を見る」→「つづりに覚えやすい特徴がないか、発音とつなげて覚えられないか考える」→「見ずに書いてみる」→OK

というようなやり方で一瞬で覚えてしまったりしています。

おそらくただ書き続けるのと比べると 1:100位の効率の良さです。

ただ、惜しまれるのは

そういう優秀なノウハウを持っている生徒にさえ

学校は、「ただ延々とノートに書く」という宿題を出していることが多いということです。

全く時間の無駄としか言いようがありません。

 何回か書くだけで覚えてしまっているのですから、その後の筆記には意味がありません。

 私も中学の頃、覚えてしまった単語を延々と書く宿題の馬鹿らしさにうんざりして

覚えた後はテレビなどを見ながら単なる作業で書いていたりしました。

 少なくとも英単語の暗記に努力の過程は関係ありません。

「覚える」という結果が出ればOKのはずです。

 しかし逆に、「やったから満足」では、実際「結果」が何も出ないことがあると思います。

徹底して「結果」を出すことにこだわる

 私は長年生徒の指導をしてきましたが

もし、「勉強がぐんぐん飛躍的に出来るようになるための秘訣を1つだけ言え」

と聞かれたら、間違いなく

「徹底して『結果』を出すことだけにこだわる」ということを挙げると思います。

「どうしたらたくさん覚えられるのか」

「どうしたら無駄なく情報を頭に入れていけるのか」

「楽をして正解を出す方法はないか」

「準備が最小限でできる方法はないか

といった合理的方法を学習のあらゆる場面で貫いて考えていけば

それがおそらく一番合目的的な学習法であり

結果を生みやすい方法になるのではないかと思います。

ぜひ一度考えてみてください。

今後も皆さんのお役にたつ情報をアップしていきます。


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