【傾聴力】「人の話を聴く」という能力

すれ違い

「おーい八っあん。はなちゃん見かけなかったかい?」

「大作!お前この間、おれんちに来た時に酒1本くすねやがっただろう」

「いいや、そんなことしないよ。八っあんが一人で全部飲んでいたじゃないか」

「それより、はなちゃんがここを通らなかったかい?」

「このおれが言っているんだ。まちがいはねえ。お前が泥棒だ。大作」

「ちがうってば」

「俺の酒を飲んだのか。それとも持ち帰ったのか?さあ!白状しろ」

「八っあんが酒瓶を全部抱えて順に飲んでたじゃないか。おれが下戸なの忘れてやがるな」

「それより、はなちゃん見かけなかったかい。惣菜屋の娘さん」

「じゃあ、おれの勘違いだったのかな。すまねえ」

「そうそう、酒が足りなくなったんで今から買いに行くところだ。お前も行くか?大作」

「いや、おいらは今から仕事だよ」

「なあ、八っあん、はなちゃん見かけなかったか」

「あ、待て待て!まだおれの質問に答えてねえぞ!まちやがれ」

こんな人、なかなかいそうにない気がするかもしれませんが

私の感覚では大人にも子どもにも、ときどき見かけるような気がします。

共通点は、自分が言いたいことがありすぎて、相手の言っていることが耳に入らないという点です。

人の話を聴かない大人

 よく夫婦喧嘩のことを他人に語るシーンなどで、

「うちの旦那は人の言うことをちっとも聴かなくて」とぼやく奥さん、なんていうのが定番的に描かれますが

 どちらかというと男性の方が、他人の話を聴かない人の割合が多いようです。

なぜ話を聴かないかというと、それはもちろん興味がないからです。

 だから奥さんが怒っているのも、話を聴かないということ自体より、むしろ自分に興味がないということが原因ということになるかも知れません。

 ただ大人の場合は、冒頭の八っあんにしろ、そういう人物も逆に愛されるべきキャラクターとされることも多く、笑い話のネタになったりすることも多いです。

しかし、子どもの学習の場合には少し事情が異なります。

先生の話を聴かない生徒

 指導をしている時、生徒の様子を見ていると様々です。

個別指導の場合は、生徒はほぼ問題集とにらめっこしているので

横や後ろからの先生の声を聴いて(最近は世情もあり対面はどこも避ける所がおおくなりました)問題を解いています。

だから生徒は話を聴いているようには見えます。

 それで教師が安心して質問をすると、内容がわかっていないだけなら、まず普通の事ですが

話を一から聴いていない生徒がたまにいて、大変驚くことがあります。

2~3分やり方を一から説明して、「ここはどう?大丈夫?」と順に確認をしていこうとすると、首をかしげるので、細かく聞いていくと

全く話を聞いておらず、うわの空だったというようなこともあります。

これなどは集中力の問題であったり、何か心理的に悩み事がある場合もあるので、まだわかりますが

 「まずここを読んで見て」「それで自分で意味がわからない単語があったらそこに線を引く。いいね」という指示を与えて

「さあ、まず単語を教えてそれからだな」と思って、1分後に確認しようとすると、「先生今日はどの科目をやりますか?」と言ってきたりします(実話です)

いつの間にかワークも閉じてしまわれていたりします。

 人の話をきちんと聞けないという生徒には、このようなびっくりするような反応があります。

そしてそれは、何も特定の生徒に限られた話ではなく、多かれ少なかれそういう、言ってみれば「ぼやっとした対応」をしてしまう子どもは、昔から結構いたように思います。

 ただここで注意すべきは、今しきりに世間で取り沙汰され心配されているような「行動障害」と言うように大げさにはしない方がいいという事です。

 子どもがぼやっとして人の話を聞かないというのは、成長過程で誰にもあることで、指導時にそれが出ているだけのことではあるのです。

 しかし学習をしていく際には、この「話を聴けない」という姿勢は実際大いにマイナスになってしまいます。

「傾聴」という姿勢

「傾聴する」という言葉があります。

耳だけでなく心も含めて全力で話を聴くという態度を指しますが

同じ聴取行動でも

単に「聞く」ということから

しっかりと内容を把握して「聴く」という姿勢

さらにこのように「傾聴する」というものまで

一見同じように見えても大きな違いがあります。

 歴史上の人物で、漢を興した劉邦はいろいろな書物によると、天下を取るまでは「人の話を自分を虚ろ(うつろ)にして全身で聴く(傾聴する)」というような姿勢で、

身分を問わず誰の話も聴き、そして良い事はすぐに採用するというような人物だったようです。

自分自身がいわゆる当時で言う「やくざもの」のような暮らしを長くしていたので、他人は、皆自分と違って知識の塊だと感じていたのでしょうか。

だから他人の意見や考えを、自分の先入観なく一から聴くことができたのかも知れません。

 人を教えていると、時にこの劉邦のような姿勢の生徒に出会うことがあります。

よくドラマや小説に登場する「目を輝かせて先生の話に聴き入る生徒」ということになりますが

正直こういう生徒は、例外なく能力の伸びが著しいことは間違いがありません。

「しっかりと聴く」ということはそれほど重要なことなのです。

興味を育てる=聴く能力を育てる

 ではどうしたらそういう「聴く能力」を育てることができるのでしょうか。

「しっかり聞きなさい」

これを繰り返してもおそらくほぼ変化はないと思います。

なぜ聞けないのかを考える必要があります。

「聞けない」=「聞く必要を感じない」ということですから、聞く必要を感じさせることがとても重要で

そのためには本人に興味を持たせることが大切です。

ただ、肝心の「興味を持つ」と言うこと自体ができないという傾向がある場合もあります。

だとすると「興味を持てる力を育てる」そういうことをしっかり考えてみる必要があります。

 私たちは、生徒が話を聞かない場合には、まず「その科目の興味を持てる部分をゆっくりと話して聞かせる」というようなことを行うことがあります。

もちろん、それでも一気に興味を持つという場合は少ないのですが、「聞きなさい」と繰り返すよりは、ずっと効果が見込めます。

 そして、興味を持つことができるようになれば、自然と人の話を聞くように子どもは変化していきます。

 重要なのは、表面に表れた状況をそのまま何とかしようとするのではなく

その背景にある理由を考えて対策をしていく」ということなのかも知れません。

物事には必ず理由があるのですから・・・。

今後も皆さんのお役に立ち情報をアップしていきます。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA