【情報リテラシー】「整合性と違和感」で見抜くことができる「嘘の情報」

大掛かりな嘘ほど判別が難しい

 社会生活というものは、通常人と人の信頼関係を基本として成り立っています。

私たちは、他人が「嘘」をつかないという前提で行動をしているからです。

たとえば

10万円の価値があると思って買ったら、それが1万円の価値もない物であることを隠して販売していたものであれば、

詐欺になり民事上刑事上の責任を問うことができるのはもちろん

そういう商売をしている人は、それ以前に信用を失い経済活動ができなくなってしまいます。

 だから「嘘」をついて他人を騙すという事は、その騙す側の人間にとってデメリットが巨大なものになります。

こうやって普通の社会では、悪人が行動を躊躇する仕組みになっているのです。

 ところが「情報」というものの流通を何らかの形で掌握してしまう事ができれば、話は全く変わってきます。

 上記の例で、販売されている物が1万円の価値もない物ではなく、「実は20万円以上のプレミアムのある物である」という「偽情報」を大々的にキャンペーンを行うことができればどうでしょうか?

 そして騙す側の人間たちが、そういう不正販売の調査をする会社を立ち上げて「不正は許さない」と宣伝して、その上でその販売を「不正はなかった」と判定したらどうでしょうか。

 また裁判所の人間を自分の勢力下において、有利な判断を行うようにしたらどうでしょうか?

 不正や「嘘」など簡単にもみ消してしまうことができますね。

 そして逆に

適正な経済活動を行っている人のところへ行って、

「この店は感染症をばら撒く可能性があるというデータがあるから、1カ月間営業を自粛すべきだ」

という事を、根拠の薄いデータを用いて公表して

周囲の不安をあおって、実質営業停止と同じ効果を持たせてしまうようなことも

実に簡単にできることになります。

 大変な悪事のように見えますが、わが国でも戦国時代などにおいては、虚偽の風説を流布する方法で敵を倒す方法として普通に行われてきた方法です。

ましてや欧米の植民地支配や他国への侵略の際にも、このような方法が行われてきたことは言うまでもありません。

 そして、こういう権力や実力を持った人たちが行う「大掛かりな嘘」ほど、それが「嘘」であることを見抜くのはなかなか困難だと思われます。

マスメディアの信用性

 マスメディアの信用度が年々低くなっていることは、今や周知の事実ですが

社会的な権力を持っているマスメディアの報道が、

本当の情報を伝えているのかどうかは、実は見抜くことが大変難しいと思います。

 現在はネットの情報があるため、複数の情報源がありますが

それについても最近は色々な勢力の影響力が入り込んでいて

偽情報ややらせなども頻繁に見受けられるようになったからです。

 マスメディアで「Aという恐ろしい事実があります」という報道が繰り返されている時

ネットで「Aは恐ろしい」という情報が大量に飛び交っていれば

「Aなんていう事実はない」という真実がネット上にあったとしても

人々は自分に無関係であれば、メディア+ネットで共通に「Aは恐ろしい」と言っていたから「きっと正しい」という判定をしてしまいがちです。

 情報の真実性は「量」や「権威」だけで決まるわけではないのに

「マスメディアに出て来る教授が言っていた」「ネットでたくさんの人々(たくさんだと思われる人たち=実際は数人)が同意していた」という情報で判定をしてしまうのです。

反論をしているのが教授や研究機関の結果の基づく理論であってもです。

これが「扇動」という方法です。

「扇動」は戦国時代ではよく行われていた敵を攪乱する方法で、ひそかに「嘘の情報」を大金を払って故意に人々の間に流して行われました。

もちろん当時は人から人へ「噂」を流すという方法でしたが

今はそれが大規模になり

仕組みとしては、マスメディアという発信センターがあり、それを裏付けるためのネット上の情報があるという事になると思われます。

 そして私たちにとって、非常に厄介なのは

実際には、正しく正確な情報が大半であるということです。

平素例えば天気予報であったり、地震速報であったりするような重要な情報を正確に伝えている機関が、

しれっと大嘘を流したりするはずがない

人々はそう思うのです。

特に日本人は性善説で他人を見がちなので、より信頼してしまうのだと思います。

「嘘」の見抜き方

そうなると、「嘘」を見抜くには

ある程度は、最初から疑ってかかる必要があることになりますが

正しい情報が大半であるので逆に大変です。

「明日は降水確率80%」というのを

「これは嘘に違いない」と思って傘を持たずに外出してずぶぬれになるということは

避けなくてはなりません。

 一つこういう大掛かりな「嘘」や「偽情報」を見抜く良い方法があります。

それは情報相互の「整合性と違和感」に注目をする方法です。

 たとえば

「Xという恐ろしい事実があります」という情報がある場合には

それが本当に恐ろしいかどうかは

伝えているメディアの情報やそれを裏付けるネットの情報だけでなく

類似する従来あった「Yという事実」と比べてみます。

 経験上、マスメディアの誇張や嘘がある場合には

別にそれと似たような過去の情報を探して比べてみた場合に

たいしてそれと違った事態は起こっていないのに(整合性がない)

「妙に大騒ぎしている」と感じられる場合がほどんどです。

そこには明らかに、「違和感」が感じられます。

簡単に言うとキャンペーンをやっている感じです。

 少しの手間ですが、そういう比較をすれば

何もネットなどなくても「嘘」は見抜くことができます。

ブームが起こる兆候がはっきりとわかるメディアの報道

 以前も記事に書きましたが、ずっとずっと昔

 テレビ新聞が急に、日本各地の地価の価格を毎日のように報道し始めた時がありました。

ネットも何もない時代でしたが

私は「おやっ」と思いました。唐突な感じがしたからです。

その後、地価が急上昇してバブル経済の時期がやってきました。

 また、世の中が暴走族や校内暴力だらけになっているような報道が、急に増えた時期がありました。

当時近隣のどの地域の学校を見ても、そんな事実は何もありませんでしたので

私は「東京とかの都会では怖いのかな」と思っていました。

 その後まもなく、周りにも「つっぱり」の格好をした学生や暴走族が見られるようになりました。

先生に暴力を行う生徒の話も聞くようになりました。

 見方によれば

そういう事実が先行的にあってそれを取材したから、その後社会に広がっただけという事かもしれません。

 しかし、あまりありもしないことを大々的にキャンペーンをやって、流行させたという考え方もできます。

 事実、地価上昇で儲かった人たちはたくさんいますし、暴走族ブームで儲かった人たちもたくさんいます。

 良い事か悪いことかはわかりませんが、校内暴力のブームのため、その後教師は生徒に対して強い制圧を伴う指導は行う事ができなくなりました。

 その反面、当時問題視され始めていた管理教育が、その直後から強化されたというのは、偶然ではない気がします。

 さらに「情報操作」や「扇動」というような大げさなものではなくても

「嘘」まがいの情報は日常的にあります。

たとえば、テレビで美味しいと称賛されていたお店に行ったら

「大したことはなくて、店員も態度が悪かった」などという話は

周囲から聞いただけでも、実際にはたくさんあります。

 これは「情報の伝達」というものが、人の主観を介在して行われるものであることに関係しています。

伝える側でも「それは受け取り方の違い」ということで、容易に免責されてしまう側面があるため、判定も難しいところではあります。

 だとすると、

受け手の側も、そういう事情を前提として情報を受け取らないと

送り手の意のままに、行動を操作させられてしまう危険があると思います。

「信じ切ってしまわない」

これが「嘘」や「扇動」から身を守るための、最低限のキャッチフレーズではないかと思います。

今後も皆さんのお役に立つ情報をアップしていきます。 

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