【世界を創造するのは自分?】「百聞は一見に如かず」はSeeing is believing それともA picture is worth a thousand words?

Seeing is believing.

  Seeing is believing.という英語のことわざがあります。

これは普通「百聞は一見に如かず」と訳されます。

高校英語のテストなどでもよく見かける言い回しです。

Seeing は「見る」Seeの動名詞で「見ること」

believing も「信じる」believeの動名詞で「信じること」と訳して

「見ることは信じること」となりますが

日本のことわざ(由来は中国の前漢の時代の故事と言われています)である「百聞は一見に如かず」が近い意味だとして、これが訳とされたのではないかと思います。

見ること=信じること?

 しかしこの訳、少し違和感がありますね。

英文は直訳すると

「見ること=信じること」という意味になるわけで

動名詞でなくて

To see is to believe. という不定詞(to +動詞の原形で「~すること」)を使った文でも、同じ意味が表現できます。

 でもこれについて意味をよく考えると

「見るという事は信じるに値すること」という意味にとらえられるのが

自然なニュアンスのように思われます。

一方「百聞は一見に如かず」は

「百回聞くよりも一度見た方がすべてがわかる」という意味なので

かなりニュアンスが違うのです。

A picture is worth a thousand words

 英語表現では、これとは別に A picture is worth a thousand words.というものがあります。

これを直訳すると

「1枚の絵は、1000の言葉の価値がある」という訳になりますが

これがまさに「百聞は一見に如かず」に当てはまる言葉だと思います。

最も英文そのままだと「千聞は」ですが・・・。

 でも学校のテストで「該当することわざなし」なんて書いてはいけませんよ。

Seeing is believing. はテストだと「百聞は一見に如かず」で正解になりますから。

Seeing is believingの真意

 このように Seeing is believing. がむしろ「目に見えるもの=信じられるもの」という意味だとすると

これは「自分の見ているものが世界を創造する」というようなニュアンスを持った英文ということになりそうです。

見えるものは信じられるが、見えてないものは信じられないから

結局目に見えるものを前提に人は生きているという話につながるのです。

 これはこれで

結構深い意味を裏に持っている英文なのかも知れません。

もっとも言い始めた人は、そんなことは考えもしていなかったと思いますが。

 日本語と英語には微妙なニュアンスの違いがあり

和訳や英訳をする際には、そんなニュアンスの違いについても

目を向けると、ちょっと楽しくなりますね。

 今後も皆さんのお役に立ち情報をアップしていきます。

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