【伸びる学習】「変化する能力」をつぶすステレオタイプ思考

ステレオタイプの見方

 物事への見方が一定の型にはまって固定的なことをステレオタイプの見方などと言いますが、私たちは多かれ少なかれそういう物事の見方をしてしまっていることがあります。

固定観念と言った方が分かりやすいかも知れません。

 たとえば「勉強を一生懸命しないと将来食うに困る」とか「お金持ちになるにはいい大学へいかないと」というようなイメージ的な発想です。

元々はだいたいがテレビドラマやバラエティー番組でそういう発言をする人がいて、私たちは知らない間に、「それが当たり前」という観念にとらわれている事が多いように思いますが、

更に親であったり、学校の先生であったり、塾の先生などが、それを増幅するアドバイスを悪気はなくむしろ本人のためを思って繰り返していたりします。

「勉強を一生懸命しないと将来食うに困る」か?

ではどうでしょうか?

「勉強を一生懸命しないと将来食うに困る」「お金持ちになるにはいい大学へ行かないと」というのは真実でしょうか?

割と簡単にこういう事を日常で言ってしまっている人も多い気がしますが、真実である場合もあるとしても、大体においては間違っていると言って良いかも知れません。

 高度経済成長期で皆が就職を目指して、いったん就職すれば終身雇用制度によって収入と安定が保証されていた時代であれば、「勉強=学歴取得の手段=将来の収入への約束」はある程度真実でした。

しかし、その当時でも収入が本当に高かったのは、不動産の持ち主であったり、投資家であったりしました。学歴は不要です。

また経営者が高学歴であるというデータはありません。今も昔も中卒や高卒の人がやり手の経営者であることは実際によく見かけます。

学歴と言うものは大金を得る手段ではなく、当時も「安定した生活」への手段でしたが、それに気づかない人はたくさんいた気がします。

先の見えない時代

 日本の経済が急激に悪化してしまっている昨今、国際競争力を失った大企業は次々に外国資本によってその経営権を奪われています。買収も日常茶飯事になってきました。

実際に国内にある企業なのに上層部は外国人という会社も増えてきました。

それだけでなく倒産する会社もあります。大企業は安泰というイメージも崩れつつあるのです。

更に加えて日本的経営の長所であった終身雇用制が終わりを告げていて、企業側の都合で長年一生懸命会社に尽くしてきた社員も一夜にしてリストラされることさえあるようになりました。

 まさに先の見えない時代です。

逆にオンラインでの仕事やフリーランスで自由自在に仕事をして新しい分野を開拓していく人たちがいます。

あるいは地域に根差して人々に密着したサービスや事業を展開するような新しいタイプの企業がメディアに表れないところでは伸びてきていたりします。

 すでに社会自体は大きく変わっています。

しかし冒頭のようなステレオタイプの思考で「とにかく将来のためには学歴」というような発想をしている人が今もたくさんいる気がします。

メディアがそういう発信をしているので仕方がない面もあります。テレビに学歴の高い人を読んで来ては肩書に高いイメージを付ける一方で、学歴のない芸人などを笑いの対象にするような番組がいかに多い事でしょう。

 見ている人は「ああ学歴が大事」と今でも思い込まされているように思います。

実質本位の発想

 もちろん、これまでの話は学歴を否定するものでは決してありません。

公務員になる場合を始め国家試験を受けるのには一定の学歴要件がある場合も多く、もちろん学歴がないと困ります。

また何かクリエイティブな事をする場合にその素養を何もなくて証明ができないこともありますので、例えば芸大を出ている場合など、そのステップの一つとして学歴が役に立つこともあります。

 色々な面で学歴が厳然と必要な場合もありますが、それは一律皆が求めるものではなく、あくまで将来の目標に生かせる範囲で考えていくべきものです。これは本来当たり前のことです。

何となく有名大学を出ていれば将来が約束されているような気がしていた昭和の時代でも、旧帝大を出て無職の人などはざらにいました。たとえば東大を卒業して一般企業に入ると「東大出の癖に何もできない」などと言われて肩身が狭くなって就職に失敗したなんていう話も聞いたことがあります。

 何を言いたいかというと、学歴は今も昔も未来への黄金のパスポートではないという事です。

未来へのパスポートは自分自身の物事の考え方や姿勢、あるいは身に着けたスキルにあります。

「勉強を一生懸命しないと将来食うに困る」と言う場合の「勉強」を広い意味での「学び」と置き換えれば正しい内容になります。

「学びを一生懸命しないと将来食うに困る」が真実だと思います。「学び」は学校の勉強とイコールではなく生き抜いていくための知恵や知識、あるいは吸収力のようなものだと思います。

一生懸命学校の勉強をすることも受験に向けて頑張ることも良い事ですが、その先の視点を誤るとあとで後悔することにもなります。ステレオタイプの発想は「変化する能力」を奪ってしまう事があるからです。

「これさえやっておけば未来は安泰」などと言うものは今後の社会ではなかなかあり得ないものとなっていくでしょう。

ステレオタイプの発想にはご注意を。

今後も皆さんのお役に立つ情報をアップしていきます。

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