【それって本当?】知らずに頼っているステレオタイプの思考

知らない間に他人の思考に依存

 私たちは何かについて考える時に

自分の考えをしっかり持って結論を出せることもありますが、

そうでなく漫然と他人の考えに依拠してしまうこともあります。

 そんなとき多くの人が気づかずに頼っているのが、実はステレオタイプの思考です。

 ステレオタイプというのは、多くの人が抱いている固定観念や先入観や思い込みで物事を1つの方向で判断してしまう考え方のパターンです。

 印刷に使われたステロ版(鉛版)が語源となっている社会学用語だそうです。

気づかないうちにステレオタイプ思考に

 たとえば

「大阪の人は明るい」

「子どもはみな純真」

「学歴の高い人は真面目」

「女性は繊細で、男性は剛健」

といった大きなグループ分けをして

それをまとめて判断してしまうような考え方が、ステレオタイプ思考ですが、

私たちは漠然とそんなイメージを持ってしまっていることがあります。

 これはメディアの情報によって、知らない間に自分の中にそういう固定的な観念が作り上げられていることが多いように感じますが、

それ以外にも、自分の周囲の人たちの考え方が大きく影響を及ぼしていることもあります。

 いずれにしても、自分の頭で考えると言うことを一度もせずに、大きなくくりで決めつけをしてしまうこのような思考法には大変問題があります。

簡単に言うと、「そのテーマについて何も考えていない」という状態であると言ってもいいと思います。

 こういう思考を繰り返すと、柔軟に思考をするということを放棄するようになる危険があります。

人の思考を鵜呑みにしない

 私たちは、何かについて権威がある人の思考を鵜呑みにしてしまう傾向があります。

テレビに出てきた大学教授の考え方を聞けば、

「偉い先生が言っているので間違いない」と思ってしまい

思考をそこでやめてしまうことがあります。

 これもステレオタイプ思考と言ってよいでしょう。

 でも権威がある人が優れているのは、専門的な知識や情報をたくさん有していて、事例にも詳しいという点です。

 すべての分野で教授の考え方が優れているというわけではありません。

 基本的には、同じ題材を保有することができれば、そこから先の思考については、教授でもそうでない人でも同じようにできるはずです。

 私たちが権威を盲信して一度も自分の思考というフィルターを通過させず、自分のものとしてしまっているということが、

時に誤りを生じさせることがあるかも知れません。 

一般の人の平明な物の見方

 今は世の中が複雑になって、考えなくてはいけないことも多くなってきていると思います。

 しかし何もかもをステレオタイプ思考に頼ってしまって、自分の頭で考える事を放棄してしまうのはよくありません。

 よく言われることに、

「一般の人の平明な物の見方」が専門家の判断においては重要ということがあります。

「素人は黙っていなさい」という専門家は大抵大したことはありません。

 何か専門知識を人の役に立たせる過程で一番重要なのは、その知識が世の人が実際にどういう需要があるかということだからです。

 専門家が自分の考えから出した考えであっても、それを社会に適用した場合にどのような影響があるかという事を加味したら、大きな視点から見るとそれは誤りであるという事はいくらでもあります。

 昨今の世情を見たときにも、そんな出来事に思い当たる事もあるのではないでしょうか。

専門家が専門家である所以はその分野について深く研究をしているからであって

一般的に広く常識を備えているということとは、ベクトルの方向が逆だからです。

 このような「一般の人の平明な物の見方」というのは、ステレオタイプ思考からは出てくるものではありません。

 純粋にその人の立場で考えた「自分なりの考え」こそが平明な物の見方を生みます。

 そういう「自分なりの考え」というものを常に持っていて、それをきちんと表明できること、

実はこの感覚が、私たち日本人に一番欠けている感覚かも知れません。

「テレビで言っているから」

「大学教授が言っていたから」

「新聞に書いてあったよ」

今やこれらの情報も、必ずしも信頼できるものではなくなっていることは

これまでも何度か情報リテラシーの記事の中でお伝えしてきていますが

それを鵜呑みにするのは危険です。

「自分の頭で考えないと不利益を受けてしまう」

そんな時代になっているのです。

自分の考え方が自分を構成していく

 日本では時に「自分なりの考え」というものを、大人になるまでにいろんなところで叩かれて、段々持てなくなっていくということがあるように思います。

 もちろん学校などでは「自分の意見を持ちなさい」という指導がされますが、

 仮に意見を持っても、それはいろんな局面で無難なものに修正をさせられていきます。

それで主張をすること自体をやめてしまう人もいます。

また、その過程で

「普通は〇〇だよね」というようなステレオタイプの考え方も、知らず知らず叩き込まれていきます。

 それで当たり障りのない考え方をするようになったりしますが、それはただ「無難な考え方」であって「常識的な考え方」でさえないことも多いのです。

 建設的な意見を交わして前に進んでいく時には、オリジナルな「自分なりの考え」というものこそ高い価値があります。

 何かの折に近所のおじさんが

ふと「オレはこう思うけどな…」という風に話をしてくれて、

意外にそれが誰よりも説得力のある話だったというような経験がある方は、意外に多いのではないでしょうか。

 これが価値のある「自分なりの平明な考え」です。

ステレオタイプ思考とは対極にあるものだと思います。

 考え方というものは、その人物自身を形作るものといっていいかも知れません。

それを他人任せにするというのでは、自分のことを他人に預けてしまっているのと同じです。

 これからの社会がどう発展していくかはわかりませんが、少なくともステレオタイプ思考では、新しい何かを構築していくことはできないと思います。

 誰の考えとも違う

「あなたなりの独自の考え」こそが

これからは、ますます大切なものになっていくと思います。

世界であなただけの

とても変わった考えを

堂々言ってやりましょう。

今後も皆さんのお役に立つ情報をアップしていきます。


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