多くの生徒が苦手意識を持つ評論問題
模試で、時間を割いて覚えた古文・漢文は何とかそれなりに取れたのに、現国の評論文の問題が全然できなかったという経験を持つ高校生は意外に多いかも知れません。
高校生の指導でよく相談を受けるのが、評論文の問題がうまく解けないが、どうしたらいいかというものです。
大学入試を前にする高校生は、理系であれば物理や数Ⅲ、文系であれば英語や世界史などに学習時間の多くを割き、
古典まではやっても現国まで手が回らないことが多く、現国をやるのは模試の復習くらいなどという生徒もいます。
そして、国語だからできそうに思って対策を怠りがちです。
しかし、実際にふたを開けてみれば、正答と思っていた問題が全部はずれて、「いったいどうしたらいいのか」ということになるのです。
評論文問題が苦手になる理由
ある程度の語彙力と読解力を持つ生徒であれば、現国の他のジャンルと同様に評論問題もある程度できそうなものです。
にもかかわらず、なぜこんなに多くの生徒が評論文を苦手としてしまうのでしょうか?
それは生徒の過去の国語学習に原因があります。
大学入試を前にして対策をしている生徒でも、実は国語の読解については、過去にしっかりとした意識的な対策学習をしていないという場合が結構あります。
そういう生徒は共通して、ある程度の読解力が元々備わっており、本を読む延長上で国語の読解問題も解けてしまい、過去に読み取りの問題であまり困ったことがありません。
困ったことがなかったので、具体的に対策を考える必要もなく、何となく「これかな?」というカンで正答が出せてしまってきたのだと思われます。
いわゆる国語のセンスがあるということです。
しかし、大学入試の評論文は甘くありません。
実際、センスだけでは正解が出せないような問題が並んでいます。
おそらく出題者も、明らかにそれを意図して問題を作っていると思います。
「センスでは解けない」というよりも「センスで解くな」と言わざるを得ない問題も結構あります。
「何となくこれかな?」と思って答えるとすべて間違いになる、そういう選択肢を紛らわしい肢として入れてきている問題も多いのです。
したがって、これまでのように何となくではなく、読解の方法について意識して学び直すということが必要になります。
センスで解けない評論対策のワザ
では、センスだけで解けない評論問題対策はどうやったらいいのでしょうか。
まず、評論問題では書いてある言葉自体が、著者の思考に基づく造語であったり、極めて抽象的な言葉であったり、変わった言い回しであったりします。
ここで多くの解答者は、出題者の仕掛けた罠にはまります。「この言葉ってどういうことを言っているのだろう」と考えて読み始めるので、視点がどんどんミクロになってしまいます。
評論などの論理的な展開をする文章で一番大切なことは、一段高い視点から大きく段落の流れを読むことです。
多くの場合、キーワードがあり、それが別のところに書かれている内容を代表するようなものになっていて、キーワードと別のキーワードを並べて、その間に接続詞が配置されていたりします。
だから、言葉の単独の意味を考えて読むのではなく、
「それがキーワードになっていないか」
「キーワードならどこの内容を言い換えているものなのか」
というように、パズルを組み合わせるように読むのです。
一度ざっと大きな視点で読み通すことがとても重要で、
個々の言葉の意味を考えて止まった瞬間、全体の内容の把握が振り出しに戻ってしまうので
まずは、「これキーワードかな」と思いつつスルーして「後で似た内容がでてくるかな」という程度に思って先に進むのがよいでしょう。
キーワード、接続詞、論理関係という要素をよく見ていくことが評論文で正解を出すコツといえます。
英語のパラグラフリーディングのようなものと思って読む
評論問題はこのようにセンスで何となく解けるものではなく
言い方は変かもしれませんが、論理的分析をしないとうまく解けないことが多いといえます。
「なんだこれ、問いの文自体全く意味がわからない。これ本当に日本語なの?」というような言葉も数限りなく生徒から聞きます。
しかし出題者がいて、意地悪で出題しているのではない以上、必ず期待されている解答の論理展開があります。
そしてそのルールを知る方法をつかんでしまえば、自分でもびっくりするくらい正答率が上がります。
解答がある問題であり、かつその正解へ向かう道筋もおそらくこのような手法でたどり着けるように作ってあるため、コツをつかむと間違わなくなります。
それまで苦手にしていればしているほど
「なぜ難しいのにこんなに正解できるの?」と自分自身でも驚くようです。
そんなに奥は深くないんです。
そのためのヒントとして、こんなやり方をしてみてはいかがでしょうか。
評論問題を素の日本語の文と考えるから非常に難しく感じてしまいます。
だから、いっそ英語で、ある程度の意味のかたまりごと把握して順に読んでいく、パラグラフリーディングだと思って読むとよいです。
英語長文と異なるのは、英単語の意味が複数あるといっても文脈からどれかすぐわかるのが普通であるのに対して
評論文のキーワードは、「その文からだけではその実質的な意味がわからない(離れたところに内容がある)」という点だけです。
このように考えて読むことのメリットは、
「『自分の持っているセンスだけで読まない』ということが可能になる」ということです。
センスで何となく選ぶとほとんど✕になりますが、
キーワードと接続詞と論理で考えると、「文章の意味がよくわからなくても必ず正答になる」評論問題というのはそんな問題なのです。
そういう趣旨で作成されていることに気づくと、簡単になりますよ。
今後も皆さんの学習にお役にたつ情報をお伝えしていきます。