解説書の謎の森
高校の理系科目を学習している生徒には二通りのタイプがいます。
まず一生懸命問題を自力で解いて時間をかけて結論を出し、その後解説書を確認するタイプと、最初から解答書を確認しつつ学習を進めるタイプです。
以前からお伝えしているように、高校数学や理科では複雑なものや特異な解法を使うものも多いので、解説書を見つつ進める後者のやり方を私はおすすめしています。
学習にかかる時間が格段に節約できる合理的な方法だからです。
ただこのやり方を取るときにも実はまだ問題が残っています。
実際に学習をされている方ならよくわかると思いますが、「解説書が何を言っているのかさっぱりわからない」という事がよくあるからです。
理数系の解説書は紙面の関係もあり、「当然これくらいは知っていて当然、わかっていて当然」という所は省いてあります。ただ学校で使われているテキストの解説冊子は、その知っていて当然のレベルが高校生には高すぎると思っています。
相当優秀な生徒でも、書いてあることの意味が分からず悩んでいる姿はよく見かけます。
そこで何らかの方法で「行間を埋める」必要性が出てきます。
青雲学院の高等部指導ではそういう「解説書の解説」を普段の指導で行っていますが、生徒たちにな話を聞くと、塾や家庭教師の先生が個別に対応してくれるという事は意外に少ないようです。
一部の高校生はネットで検索をしてそういう解説書の不明点を調べて学習をしていますが、そういう検索学習は現代の学習としては非常に合理的なやり方だと思います。
検索学習については記事をいくつか上げていますので、こちらも参照してみてください。
高校化学の「解説書の謎の森」
高校化学では学習の初めの方で「モル(mol)の計算」と言うものが登場します。
多くの生徒が大変混乱して、これをきっかけに化学がよくわからなくなってしまう生徒も割と多いとされる、先へ向けても非常に重要な単元なのですが、この時生徒が迷い込んでしまうのが、高校化学の「解説書の謎の森」です。
本当に何が書いてあるのかさっぱりわからない状態は「謎」という名の森に一人迷い込んだのと同様な状態ではないかと思います。
モルの学習において、モル質量と物質量の関係は、化学のテキストでは公式の形で書いてあったりします。またさらに解説書は、多くの場合分数で詳しく書いてあることが多いです。
たとえばよく a / b = c / d というような形で解説がされていますが、これを一目見てその意味がわかるという生徒は少ないのです。
そしてその意味がよくわからないことが原因で、解説書に書いてあることが全く読めないという事態が起こります。
良かれと思って解説書を作る側はこういう記載をしているのですが(紙面も節約できる)
初学者が直面する壁の一つになってしまっているような気がします。
もちろん「分数⇔比」という変換は小学校の算数において、あるいは中学校の数学において学んではいるので、こういう記載がされていても「そんなのわかって当たり前でしょ」ということにはなるのでしょうが、実際にはこの変換が理解できている生徒は全生徒の数パーセントしかいないと思います。
だから大変ここでひっかかる生徒が多いのです。
さらに化学の教師はそういう換算を学生時代から得意でやっている人が多いので、「なぜ生徒が解説書を読んでも意味が分からないのか」がわからない人が少なくないのです。
生徒にとっては、そういう事情もあり大きな難関になっているのが実際です。そしてこのことが化学への入り口を狭くして、化学を難しいものと思わせるようにしてしまっています。
このような記載については分数のままで公式として考えるより、分数をわり算に変えて考え、実は何を計算しているのか読み取ることが理解の上で非常に重要です。
また何回もお伝えしていますが、高校の化学も基本的には比で解決できる問題は多く、その場合も同様に考え方の基本をたどって出していくため混乱は生じにくくなります。しかも忘れにくいという利点もあります。
a / b = c / d という公式で「どうも意味がわからないなあ」と感じたら、a : b = c : d という形の比に置き換えてみると、一気に意味が分かるという場合が多いと思います。
公式の丸暗記でやっていった場合、少しひねって出題されると太刀打ちできないこともありますが、
このように比にしてみたりわり算に置き換えみたりして、考え方の筋道をたどって計算をする癖をつけておくと、そういった応用にも対応もしやすくなると思います。
化学の入り口はモル(mol)のマスター
少し内容面に沿ってお話を進めていきます。
高校で化学の学習を始めたとき、あるいは大学受験を前に化学を一から復習するときも もっとも基本的な分野でありながら「モル(mol)を含む計算がわからない」という生徒が本当にたくさんいます。
これは、モル(mol)という単位の意味がとてもとらえにくいことに原因があります。
「1molは6.02×1023という粒子の個数を表す」と言われても「?」となって当たり前です。
さらに「モルを単位としてあらわした物質の量のことを『物質量』という」などと来れば初学者は混乱必須ですね。
導入の仕方や説明の仕方をもう少し考えれば、もっとわかり易くなるのにと思ったりします。
モルがこんなにもわかりにくいのは、これまでに学習で出てきたいろいろな単位とは異なり、現実の生活などで実際に何かを測ったりするのに使われているものでなく、あくまでも計算などの場面でのみ登場する概念上の単位であるからではないかと思われます。
化学が得意という生徒もここはまず問題を解いて、その中でようやくなんとなくモルの意味がわかったという生徒が大半だと思います。
簡単にいうと、モルは化学の計算をやりやすくするために設けた、単純な仮想の「基準になる単位」に過ぎないのですが、
やたら公式やら例外などがたくさん出てくるので、難しいものと思い込んでしまうのだと思います。
モルは小学算数の九九のようなもの
しかしモルは化学の学習の基本中の基本です。わかりにくいといってもここをスキップすることはできません。
小学生が九九をマスターして、そこからいろいろな計算をやっていくように、高校生はモルをマスターしてからようやく本当のスタートラインという感じです。
でも実際には生徒たちは、化学の計算問題の解説書とにらめっこして苦戦しています。
一体どうやってこのスタートライン前の難関を乗り越えたらよいのでしょうか。
ここからは例を挙げて説明します。
問題 1.00Lの希硫酸の中にH2SO4(硫酸)が490g含まれている場合のモル濃度を求めよ。
この解説として、(490/98)mol /1.00L という式が書かれることが普通です。これを計算すれば解答になりますが、分数で書いてあるのでわかりにくいです。
上記に書いた「解説書の謎の森」というのはこれです。
どうでしょうか?これを見て意味を瞬時に理解することが皆さんはできますか?
「もっとわかるように書けよ」というのが実感ではないでしょうか?
事実こういう記載が生徒を悩ませます。
単純に計算としては490÷98÷1.00ということですが、このような分数での説明を見ても初学者は意味がわかりません。苦手な生徒も大抵はここがわからないポイントになっています。
98が H2SO4 (硫酸)の分子量なのは何とかわかります。
原子量がHは1、Sは32、Oは16のため、1×2+32+16×4=98 なので分子全体の量を計算しているだけです。
しかし、「490gを98という分子量で割るとなぜその答えがモル(mol )になるのか」という点で多くの生徒は「?」となってしまいます。
ただ実は、ここで解説には書いてない1つの重要な基本の考え方があります。できる生徒はこれを当然の前提で考えますが、わからない生徒は多くの場合ここがあいまいです。
そしてそこを詳しく説明しているテキストも意外に少ない気がします。
書いてあっても何か難しい文字を使った公式で書いてあるので、何を言っているかということに気づかずここで化学の世界から離れて行ってしまう生徒もいます。
モルで混乱しないための決め手のキーワードとは?
それは 1mol=「原子量」g (または「分子量」g「式量」g)という考え方です。
詳しく言えば、モル質量は原子量や分子量、式量と一致するということになりますが
単純化した方が圧倒的にわかりやすいので、敢えてこう覚えます。(相対質量にはgをつけませんが、覚えやすく考えるために敢えてgの単位を使って覚えます)
たとえば硫黄(S)は原子量が32ですが、これに当てはめると、硫黄1molは32gということになります。
なぜそうなるかというと、最初に基準とした原子量12の炭素の質量が12gだからです。
簡単に言うと「そうなるように決めてあるから」と言えばよいでしょうか。
でも実はこの点もなかなか皆が納得できないポイントです。ここも説明します。
炭素〔炭素12)の実際の質量は 1.993×10-23 gです。
化学の学者は、これを基準に他の原子も比較して相対質量というものを定めました。たとえば炭素のこの質量を12とすると水素は12分の1の重さなので1という具合です。以前は酸素16が基準だったようですが今は炭素12が基準です。
そしてその数字が基本的には原子番号になっているのです(*中性子数の違いによる質量数の違いについてはかえって話をわかりにくくしてしまうので敢えてここでは触れません)
このあたりに生徒が混乱する事情があることは間違いありません。
要するに長さの単位のmが、人があるとき「この長さを1mとする」と言って勝手に決めたものであるように、
モル(mol)も「人が勝手に決めた計算するときの基準の数字」ということが分かっていないために、生徒は混乱しているのだと思います。
だから上記の 1mol=「原子量」g というようなわかりやすい単純な基準を知らないと、何か特別な理論があるのではないかと疑って混乱が広がるのですね。
問題に戻ります。
硫酸は分子量が98ですので、硫酸1molは98gになります。
そうすると先ほどの490÷98の部分は、490gある硫酸が一体何モルだったか計算しているということがはっきりわかります。
実際にある490gの硫酸を1モル98gで割ればモル数が出るはずだからです。
1mol=「原子量」g(ここでは「分子量」g)というキーワードを介すれば、「何だ当たり前じゃないか」という話になるのです。
あとはモル濃度というものが、1Lあたりのモル数を計算するものなのでさらに1.00(L)で割れば解答になります。答えは5mol/Lです。
molをLで割るので、単位はmol/Lです。
「解説書の謎の森」とは内容の難しさではない
このように分析をしてみると、「解説書の謎の森」は化学の学習単元の内容が難しいということよりも、「解説書が読めない」ということと「解説書には書いてない一番基本の考え方」が分からないということに理由があることがわかります。
あくまで私見ですが、やはり解説書の書き方にも相当な問題があると思います。
しかしそんなことも言っていられませんね。
「解説書の謎の森」を抜け出すために皆さんが意識することは、
分数での記載→比に置き換えて意味を考える
1mol=「原子量」gという基本の考え方を前提に読む
この2点ではないかと思います。
この2つの事を行うだけで、少なくともモル計算の箇所での学習は飛躍的に楽になります。
ぜひ参考にしてみてください。
今後も皆さんのお役に立つ情報をアップしていきます。